日本のプロレスの不思議 UFC誕生
アントニオ猪木は、多くの異種格闘技戦を戦っていた。基本ガチンコで、プロレスとして行う試合は、異種格闘技戦とは言わない。だが、異種格闘技戦は、格闘技としては、難しいと言われた。猪木だからこそできた試合だと言う人もいる。アントニオ猪木は、ショープロレスも、シュートレスリングも、両方できた。猪木がプロレスの師と仰ぐカール・ゴッチは、キャッチレスリングのレスラーだ。キャッチレスリングとは、関節の取り合いをするレスリング。レスリングは、パンクラチオンから派生した競技だと言われている。パンクラチオンは、古代の何でもありの格闘技で、その後、パンチで打ち合うボクシングと、組み技のレスリングに分かれて行った。レスリングからは、打撃技がなくなり、組み技中心になっていく。初期の日本のプロレスには、実は、レスリングをできる選手がいなかった。相撲や柔道出身のプロレスラーが多かったのだ。猪木が、プロレスの師として、力道山ではなく、カール・ゴッチの名を上げるのは、そのためだ。つまり、猪木は、カール・ゴッチを師と仰ぐキャッチレスラーだったのだ。猪木が起こした新日本プロレスは、ほぼ、キャッチレスラーの集まりだったと言われている。道場では、カール・ゴッチの指導の元、キャッチレスリングのスパーを延々行っていたそうだ。アメリカンプロレスが、ショー化していくのに対して、日本のプロレスが、この時期、格闘技化していたのは、面白い。
1993年、晩秋に、UFCは、アメリカで旗揚げされた。UFCの第一回大会も、異種格闘技の大会だった。ルールは、何でもあり。何と、素手での顔面パンチもOKだった。顔面への肘打ちもOK。UFCの旗揚げが、日本の格闘技ファンに注目されたのは、日本でも知られた格闘家が出場していたからだった。パンクラスで活躍していたケン・シャムロックは、シュート・ファイターとして参戦していた。アメリカで、プロレスラーと言うと、ショーレスラーのイメージが強いのだろう。レスラーではなく、シュート・ファイターと言う肩書きだった。空手家のゴルドーは、極真の世界大会にオランダ代表として参戦しており、その後プロ格闘家になっていた。どちらも、日本では、お馴染みの強豪だ。だが、UFC 1の、本当の主役は、グレイシーだった。UFC 1 は、グレイシーの世界デビューの場と言っても良いだろうと思う。当時は、グレイシー柔術は、世界的には無名で、グレイシー一族の代表として、ホイス・グレイシーが参戦。UFC 1では、衝撃的な試合が続出する。まず、ケン・シャムロックが、ホイスに、締め落とされた。これには、日本のプロレス関係者は、どよめいたと思う。決勝で、ホイスは、ゴルドーと戦うのだが、まさに、柔術VS空手の異種格闘技戦。この大会で見せたホイスの動きは、その後の総合格闘技のベースとなっていく。ホイスは、打撃系格闘技の構えを見せる。低く構えず、普通に立って、ガードを上げ、打撃技に備えていた。この何でもない立ち方が、革命的で、重要な意味を持っていた。打撃技の構えを取ることが、総合格闘技の基本的な構えになる。組み技の構えは、総合格闘技向きではない。その理由が分かるまでには、しばしの時間がかかった。ゴルドーは、ホイスの組付に備えて、手を中段に置く、中段の構え。例えば、ここで、ホイスが組付に行くと、ゴルドーの膝蹴りが待っている。タックルもそうで、タックルに膝蹴りを合わせるのがセオリーだ。つまり、そう簡単には、空手家には、組み付けないようになっている。一体ホイスは、世界大会オランダ代表の空手の猛者相手に、どう戦うつもりなのだろうかと、固唾を飲んで見守っていた。ホイスは、蹴りもパンチも当たらない遠間で構えている。ゴルドー相手に、打撃で勝負するつもりなのかと、思った瞬間、ホイスは、右足の膝を大きく上げ、体を伸ばして、踏み込んだ。ゴルドーは、この動きに反応して、両手を上げる。ゴルドーは、上段への攻撃が来ると思い、それに反応したのだ。これは、打撃系の試合なら、定席の動き。だが、上段への攻撃は、フェイントで、ホイスは、上げた右足の膝を下ろしつつ、大きく踏み込んで、ゴルドーの空いた中段に一気に組み付いた。密着し距離を殺して、打撃を封じる。そのまま、ゴルドーは、テイクダウンされ、マウントから、逆マウント、そして、チョークで締められギブアップした。組みつかれてからは、一方的だった。衝撃の展開。組み技の選手が、打撃技のフェイントを使って、相手のガードを上げさせ、空いた下半身にタックルに行ったのだ。そんな手が合ったのかと。重要なのは、打ち合うそぶりを見せることだ。最初っから、タックルを狙うと、相手もタックルに備える。グレイシー柔術の構えは、常に打撃的なのだ。これは、相当な異種格闘技戦の経験を積んで、打撃技とも渡り合ってきた証左で、その経験から作り上げたスキルだろうと想像できた。組み技系の選手にとっては、目から鱗の戦術だったのではないだろうか。異種格闘技では、組み技が強いと言う人もいるが、実は、打撃技を使えてこその組み技の強さだと言うことが、この一戦でも分かる。ホイスが、フェイントを使わず、いきなりタックルに行っていれば、打撃技を合わされていた可能性もある。タックルにとって、膝蹴りが天敵なのは、確かなのだ。UFC 1は。まだ、異種格闘技戦の色合いが強かったが、ホイスの使っていた格闘技スキルからは、総合格闘技の可能性が見えた。また、レスラーのケン・シャムロックが参戦したのも大きい。日本の格闘技界もプロレス界もざわつき始めた。
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