午後、久しぶりに晴れた。布団を干すのは5日ぶりくらいだろうか。
ラズリを連れてお寺を散歩した。雨天でない限り、必ずといっていいほど結婚式のカップル撮影がおこなわれている。今日もその一行が二天門を陣取るかのように、カメラマンの指示に従ってポーズを取っているのだが、撮影を中断させるのが憚られて遠回りに歩かされることになる。近所の人たちからは非常に評判が悪いのだが、まあ一生に1回か2回のイベントであるから、目くじらを立てないほうがいいかと理性が働く。
観光客も含め、鎌倉の「山側」に来るひとはマスクの着用率が高い。と言っても、完全にマスクをしているひとは7割くらいだ。これが海に向かって歩いている夏の観光客だと5割になる。マスクに限らずマナーは悪くて、我がもの顔の素行が目立つ。コロナ感染の第7波があっても我関せずで、他人(地元民)の目などどうだっていいのだろう。
今朝、1カ月ぶりくらいで知床観光船の桂田経営ホテルについて、その後どうなっているのかネットでチェックしてみた。彼が経営している「しれとこ村」「地の涯」は営業再開していて、ググッてみたら、どちらもJTBで予約出来ることがわかった。まさかの事態である。人の噂も七十五日というけれど、黄金週間前に沈没事故が起きたのだから、確かに75日を過ぎている。
「しれとこ村」で働こうというスタッフがいて、「しれとこ村」に泊まりたいという客がいるのだから、それを不審に思う私のほうが狭量なのだろうか? 私は割と気が弱いので、この宿で知床半島の海草が具の味噌汁、知床名産の鮭を使用した焼き魚の朝食を出されても、ついつい自分は不謹慎なのではと思うはずだ。というか、そもそもこういう汚れた印象が強い宿を予約するはずもない。
知床のような僻地では仕事が少ないのだろう。夏の観光シーズンは宿泊代が上がるので1円でも安い宿を求めるひとがたくさんいるのだろう。資本主義、まこと恐るべし。アベの決めセリフ「哀悼の誠」を捧げたい。しかし、ぼくが20代30代40代の時代、哀悼の誠って言い回しは一般的に流布されていたっけ? 哀悼の意では? 神道か遺族会系か右翼の業界用語かわからぬが、お為ごかしの特殊語というのはホント気持ち悪い。”けつかっちん”というような、明らかにお莫迦っぽい言葉なら、笑って聞き流すことが出来るのだけど。
先週は参院選で「鎌倉殿の13人」がお休みだった。たった1回放映がなかっただけで、自分にあっては「脳の週リズム」が狂ってしまったようで、昼過ぎにテレビ欄を見てから「ああ、今夜は鎌倉殿だった」と思い出した。これはアルツハイマーの兆候?
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