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2022年07月16日22:47

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記憶を承継する建築(田根剛)

建築家・田根剛さんの講演会に行きました。

弘前れんが倉庫美術館
〜記憶を承継する建築〜
出版記念講演会

昨年秋には4代目帝国ホテル建築家にと発表された田根剛。

リノベーション設計?を手掛けた弘前れんが倉庫美術館が
コロナの中遅れながら開館したのが2020年7月です。
(最初は県内在住者のみに公開)
そしてそれがフランスで
【Grand Prix AFEX 2021】
を受賞したのが今年5月。
フォト



開館2年を経てプロジェクトの全貌がご本人の編集した本から明らかに…という訳でワクワクで行って参りました。

登壇した田根氏はいつも通りの軽装です。
半袖の白Tシャツに青いゆったりとしたパンツ、スニーカー。
ソックスが赤なのはフランスのトリコロールを意識されて、でしょうか。

実は、れんが倉庫美術館で4月に始まった池田亮司展のオープニング対談にも来られていたりと
青森には竣工後も何度か来られている田根氏ですが
意外にも建築の話をされるのは初めてとか。

以下、記録のためのメモ。

【田根氏について】
名刺代わりに出てくるお話はやはり
◆エストニア国立博物館
ですね。
2006年の国際コンペをほぼ無名の状態から勝ち取り
10年かけて完成させて鮮烈なデビューを飾りました。
その辺りのお話をグランフロント大阪でお聞きしたのが懐かしい。
それまでには何を?と尋ねられ、卒業直後は北海道でコンテンポリリーダンスの舞台美術を手掛けたりしたそうで…
そのあとすぐ欧州に渡られたのですね。

直近では
◆アル・サーニ・コレクション財団美術館(2021年秋)
パリはコンコルド広場にある17世紀の建物です。
エストニア博物館と同じく軍用施設だったそうで
その分野の専門家なんて思われたらどうしましょうね、と笑っておられました。

◆ミナペルホネン展
現在青森県立美術館に巡回している同展の展示構成を手掛けています。
建築家は引き渡してしまえば本来終わりなのですが、
こうして展覧会をする上で使いやすさを考える経験をさせていただいています、とのこと。

【れんが倉庫美術館(以下弘前MOCA)と係わるきっかけ】

2016年事業者が募集されたときNさんから連絡をいただきました。
そのとき田根氏は3人でやっていた事務所を解散したりゴタゴタ(ご本人談)していて、でもエストニアが終わってすぐのチャンスだと思いました。
国内で住宅設計はしていましたが公共建築はしていなかったので。
(お声がけしたNさんは返事がないので諦めかけていたとか)

これが工事が始まる前の写真です。
初めて現地に来たのは1月4日、大雪でした。
−5℃で倉庫はキンと冷えていました。
こうした北国で、現代美術のような都会の文化を…
イベントでなく永続的な活動を…
コレクションもない倉庫で…
これは簡単ではないぞ…
しかし建物の佇まいは美しく力がありました。
それでどうアプローチするか考え始めました。

【何から始めたか】

現地を見ることは、ある意味直接的なものに引っ張られてしまう危険があります。
しかしそこから距離をおいて、一つ一つの問題解決とは別のコンセプトを考えようと。
俯瞰して離れて。未来のためにリサーチして掘り下げることにしました。

◆考古学的リサーチ
考古学は歴史ではありません。
歴史は変えてはいけない。
でも考古学には誰もわからないロマンがある。想像力を働かせる余地がある。
発見からそれまでの認識がひっくり返ることもある。

たとえば。
青森といえば林檎。でもどこから来たのか?
明治時代に米国人宣教師ジョン・イングが持ってきて、私塾でクリスマスに配った。皆きれいで美味しいのにびっくり。
国が苗木を植えさせたという話もありますが、私に響いたのはその話でした。

そもそもれんが倉庫を建てた福島藤助。
木造が主流であった時代に新しい西洋技術を使って工場を作りました。
事業が失敗しても町に遺産が残るようにと…

また、戦争中、米不足で酒が作れなくなったとき。
フランスから技術者を招聘してシードル生産を本格化したこと。

こうした下調べのことを建築のためのリサーチとよんでいます。

近代建築は工業的機械技術で発展しましたが、
新しいだけではもはや未来はありません。
人類と記憶の係わりこそ未来を導いてくれるのです。
未来を作ること、イコール新しいものを作る、だけでなく記憶を検証することが大切なのです。

【延築(えんちく)Continuation】

ここ10年で日本でも漸く建築におけるリノベーションが始まりましたが、やり方はまだ過渡期だと思います。
古いものを残すといいながら新しい部分ばかり目だったり。
検討委員会の北原先生も、革新的なものがないとリノベーションにはならないと言っておられます。
そこで記憶の継承の延築という考えを取り入れたのです。
この言葉が結構評判がよくて、1度だけのつもりだったのですが今はあちこちで言うようにしています(笑)。

【苦心〜残せなかったもの、できなかったこと】

残せなかったのは屋根。
これは老朽化していて断熱性もありませんでしたし、雨漏りや雪による錆で使えませんでした。

また、弘前市の所有でしたので公共物としての水準を満たすことが求められました。
60〜70の法令があり、普通にやったらその要望だけで埋め尽くされる。
そこで、たとえば、
常設展示室・企画展示室・ワークショップ室・市民のためのスタジオ・資料室・交流プログラム室・音楽室・ダンス練習室…
それらを全て仕切って作るのでなく時間で区切って使える多目的スペースにするとか。
これは建築だけでなく運営側も加わったTFI方式だからできたことです。
皆でオーバースペックにせず使いながら考えていこうということになりました。

【シードル・ゴールドの屋根】

弘前MOCAの屋根は、仄かな黄金色をしています。
材質はチタン。
耐久性があり、品質から考えれば決して高価なものではありません。
工事費はほとんどが耐震補強に使われてしまいましたので、
"倉庫"をどうすれば地元の誇りに思って貰えるか、文化施設にできるか、
そのためにシードル色の屋根は絶対に必要だと思っていました。

ところが。

予算内に収まっているのに「高い」。
果ては「景観条例の色味に入っていない」。
もう発注もしているのに「ガルバリウム鋼板を使うように」。
チタンメーカーの人にも来て貰い、金色に見えるのは光の反射によるのだということを
現物と「紙」で証明しました。

自分が大切だと思うことを貫くのも大事だと思っています。
(この辺りのいきさつ、本でもちらりと触れられています。
その数行にこめられた思いを知って嘆息)

【煉瓦職人との出会い】

素材として煉瓦を使うのは初めてでした。
そのためリサーチでは煉瓦の歴史から調べたのは勿論です。

新しい煉瓦と100年前の壁を違和感なく繋ぐのも工夫しましたが、問題は出入口です。
倉庫には物資の搬入口はあっても人間の入口はありません。
そこで煉瓦でアーチ型の入口を作ることにしました。
CG、そして1/5模型も作りましたが
「この角は?」「うーん…現場に任せよう!」
そしてできあがって。
多少ゴツゴツしてるけど…まあ…と思ったら、
職人さんから待ったがかかりました。
こちらは表だけ考えていたのですね。
引き渡し2、3週間前になって「納得がいかない」。
もう一度壊してやり直したら裏側までそれはなだらかな曲線になりました。
フォト




こんなふうに様々なことを乗り越えてできあがっています。
この本を何かネガティブなことがあったときの参考にしてほしいです。

【Grand Prix AFEX 2021】

フランス文化庁が関係する2年に1度の「国外建築賞」です。

フランス国内で活動する者が海外で作ったものに与えられます。
日本人が日本でリノベーション(新築でない)したものだし…とも思ったのですが

シードル醸造にフランス人技術者を招いたことや
屋根の構造がイギリスのクイーンポスト・トラスによることや
展示室の屋根構造がフランスのポロンソー・システムによることなども評価され、受賞の運びとなりました。

【本について】

できあがってしまうと作る過程はなくなってしまいます。

弘前MOCAについての本だからてっきり美術館が作ってくれると思ったら
…というわけで「著者」になっています。
もっともストーリーだて等はプロのスタッフによるものですが。

コンセプトは「弘前の市民に届けたい」。
建物を壊さずに守ってくれた市
そもそも建ててくれた福島さん
実際に建てた職人さん
かかわったすべての人たち

建築のタイムラインは続いていきます。
実際の建築物やwebサイトは変わりうる。
しかし本は変えられない。
そんなアンカーのようなものを落としたい、
戻ってくる目印を残したいと思いました。

本の内容は、歴史は勿論、リサーチした内容や作っていく過程、
さらには実際に開館して使われていくところまで入っています。

煉瓦の話、チタンの話、現実的な問題と解決、
そして設計図でなく施工図、
ロゴデザインについての記事もあります。
内容の濃さとかかった人件費を考えたらお買い得じゃないかなあ。

最後に。
建築を守るのはやっぱり地元、地域の人々です。
それもあってのコンセプト「弘前市民に届けたい」です。
昨今はすぐ何でも無くなってしまうので。

そして他地域の方々にも勇気を与えられたらなと思っています。

【質疑応答】

問い。
秋田で建築を学ぶ学生です。リサーチからコンセプトの繋げる方法は。

答え。
よく訊かれるのですが答えようがありません。
大量に調べることは大切だとは言えます。
まあ犯罪現場で散らばったものから手がかりを探してゆくようなものです。
見つけ出すのは才能。

問い。
弘前MOCAの建物は温かみがあってワクワクします。田根さんがワクワクする瞬間はいつですか。
また影響を受けた人や言葉は何ですか。

答え。
プロジェクトが始まったときには一旦リサーチから離れて真っ白になります。そのとき何かを発見したときの高揚感が楽しいですね。
言葉は…難しいですね。
池田亮司と最近話したときに教えて貰った脳科学の本を興味深く読んでいます。

お話の最後には今後24年かけて行われる帝国ホテルのプロジェクトにかける意気込みなど語っていらっしゃいました。

*****

いただいたサインもシードル・ゴールド。
MOCAのスタッフは心遣いが細やかです。
フォト



池田亮司展は8月28日まで。
https://www.hirosaki-moca.jp/exhibitions/ryoji-ikeda/


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