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2022年03月29日15:58

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『女のいない男たち』、なぜ村上春樹が好かれるのか?

 久しぶりに日記の場を借りてわたくし事を綴りたくなった。
 昨日からニュースは映画「ドライブ・マイ・カー」一色となって、ウクライナ・プーチン報道もコロナ感染も脇に追いやられるほど、日本中の期待と自信を背負っているように見えた。同作がアカデミー賞の各部門にノミネートされて国際長編映画賞を受賞したことは喜ばしい。映画ファンではない私は濱口監督の名を昨年になって初めて知ったのだが、学歴やインタビューなどを見る限り、この監督作は自分の感性に合うのではないかなどと、手前勝手に感じていた。
 ちょうど1カ月が経っただろうか。この2月、マイミクの作家さんが村上春樹の『女のいない男たち』を読み始めたと日記に書かれていた。『ドライブ〜』の原作本である。その日記を読んだ日、本棚の隅で積ん読状態にあったハードカバー『女のいない男たち』を引っぱり出した。かれこれ7年くらい前にブックオフの200円棚で見つけ、私好みの装幀だったので装幀者を確認してみたら、やっぱり大久保明子だった。村上春樹+大久保明子の合わせ技イッポンで買ったに過ぎない。
 本書には短編6本が収められている。ちなみに、濱口監督はこのうちの2本をモチーフにしたそうだ。ストーリーに惹かれたのか、特定の人物造詣にインスパイアーされたのか?
 一日2本ずつ3日かけて読んだ。読み終わったのはマイミクさんより一日早かったはず。村上春樹の小説は必ずと言っていいほど私にとってある種の退屈さを伴う。本書は長編と違って短編集ゆえ、退屈だという突き放しが生じるかどうかのところで一篇が終わる。3日目になって残り2篇となった時、今日で読了かという寂しさを覚えるくらいに、村上春樹の小説作法に魅了されていた。
 卓球で上手い人がラリーの練習相手についてくれると、初心者も綺麗な軌道の球を打ち返すことができて、長いラリーを続けることができる。私が小学4年の頃、父の部下に国体出場経験者がいて、5回か6回、土曜の昼イチに卓球を教えてくれたことがあった。なぜか彼に対して、私は強烈なスマッシュを打つことができた。卓球を始めたばっかりだと言うのに。
 これと同様、村上春樹の小説は丁寧に読み進んでいくうちに知らずしらず扉を開けては先に進み、また扉があって意識的に扉を静かに開くとそこにはヴェールに覆われた彫像のようなモノが於かれてあってヴェールを剝いでみると、なんのことはないギリシヤ彫刻に似せたトルソーがあった、というような形而上学的な散歩ができるのである。つまり、読書をしている間、自分の思考を高みに引き上げてくれる。
 昨日の朝日(朝刊)に18日夜の「村上RADIO」が取り上げられていて、村上春樹が所有しているCDから反戦を喚起させる10曲の洋楽をセレクトして流した、とあった。こういうバックボーンというか引き出しを多数有し、それを自由自在に駆使しつつ小説では露骨に出さないように工夫する、という村上春樹「力」も、多くの信者を持つ理由のひとつだろう。
「女のいない男」はバラバラである。にもかかわらず、読み手としては直截話法を使わない村上春樹の人間観を自身の推敲によってなんとか組み立ててみよう、と思わせる作品だった。短編集には異例のことだが、まえがきで短編成立までの過程を村上春樹は丁寧に書いていた。読者向けのマニュアルがある、というわけである。
 濱口監督がこの作品を映像化したい、という根本的理由が垣間見られたように思う。テレビニュースでは喪失感がどうの、と報じていたが、そんなひと言で表すのは危険な気がする。
 いまの時代、イエスかノーか、あるいは1万字の文章を漢字2文字か4文字でまとめる、みたいな薄く広い認識が好まれるようになった。しかし物事に白黒をつけるのはたいていが短絡的な判断に陥るし、短絡的思考はそれが重なるにつれて頭が莫迦になっていく。普段の自分がそういう負の連鎖に陥ることがままあるために、莫迦さ加減については自覚している。
 とうとうソメイヨシノが満開を迎えた。昨日、裏山に這い昇って、山桜の枝をチェックしたら、開花まであと数日という蕾の膨らみであった。私はこの桜というのが嫌いなのだが、それは明治以来、歪んだ軍国思想を象徴し、日本人全員の絆をアイデンティファイさせようとする背景が嫌いだからだ。3月に入るとテレビニュースなどで盛んに「靖国神社」の桜は……という報道があるたび、ぞっとする。プーチンにぞっとするのと似たようなものである。ソメイヨシノのような美に特化したクローン植物の花に感嘆する人って単細胞だとさえ思う。江戸時代末期になってようやく今の「桜」は誕生したわけで、西行らが詠んだ桜はうちの裏山にある山桜。開花したときには小さな緑色の葉がほぼ同時に開き、白ないし桜色一色の派手やかな桜では決してない。ぱっと見、冴えないのである。梅よりも地味なのである。そして花の寿命はやたら短く、風にも滅法弱い。
 今どき、山桜なんて誰も見ない。見るのはうちの人間と隣人一家くらいのものだ。なので、咲き始めたら木に昇って一枝だけ切り、一輪挿しに活けておく。家の中は無風なので、賞味期間ぎりぎりまで花を見ることができる。
 なんでソメイヨシノなのかなぁ、それ、本当にあなたの美的感覚ですか?
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