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2021年11月15日05:46

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「短歌人」の誌面より(159)

2021年11月号より。

語彙力を注いで君ができるだけ深く傷つく返事を探す  鈴掛 真

…意表を突く一首。普通はなるべく相手が傷つかないように、と配慮するであろうところ、その逆を言う。その返事によって「君」との縁をきっぱりと切りたい。こういう時、やさしい配慮はかえっていけない。こんなふうに言われたらもうおしまいだ、と思わせるのがいいのだ。そのために「語彙力」を傾注する。場面によってはとんでもないヘイトの発語となるかも知れぬところ、ここでは“ヘイト力”を動員する、というのである。甘い愛の歌を多く詠む作者だが、今回はひとつの節目を刻むことになったのだろう。掲載6首の1首目。ラスト6首目は〈交差点のないオフロードを行くようにたぶん君とは二度と会わない〉。

嵌められし硝子の視野に人生のおおかた過ぎき 夕鳥わたる  北岡 晃

…字面通りに読むなら、われは一室に幽閉されておおかたの日々を過ごしてきた、われの視野は嵌め殺し窓が切り取る矩形の世界に限定されてきた…といったところだろうが、もちろんこれは隠喩。われはわれの身体から出られず、限られた一視点が切り取る時空の視野によって、全世界を見てきたように思い込んできたのだったよ、そこには硝子が嵌められていて世界との交渉もかなわぬままなのだよ、という感慨が詠まれている。一字アケの後の結句は、眼前の実景のように感じられる。もうあのように夕鳥がわたる時だ。あの夕鳥もわれと相渉ることなく、視野を過って去ってゆくのだ。

三界に家なし寒し日本橋百十四銀行にわが口座なし  塚本みき

…「三界に家なし」という慣用句を引き継いで「し」音を重ねるフレーズが来る。「百十四銀行」は「第百十四国立銀行」を祖とするいわゆるナンバー銀行で、本店は高松市。日本橋に東京支店がある。「百十四」は「ひゃくじゅうよん」ではなく「ひゃくじゅうし」と読むので、ここにも「し」がある。軽快な韻律と音のおもしろさで読ませる一首だが、そこはかとない侘しさも伝わってくる。

どちらにも落ちないように歩みきてさびたナイフをしゅうねくにぎる  螟虫 良

…一読、塀の上を歩いているわれが想像される。左へ落ちれば監獄。右へ落ちれば娑婆。俺はどっちにも落ちたくないんだ。そんなわけで、善良な娑婆の連中なら手にしないようなナイフをこうして握ってな、しかしグサッとやっちまうこともしないでな、ごらんな、こんなふうにナイフは錆びちまったんだが、こいつを手にしてるのが俺が俺だっていう証なんだ。笑いたければ笑うがいいさ。「執念し」などという語は、清く正しく美しい歌を愛好する読者からは嫌われるだろうが、あえてそうした読者を敵にまわす作者である。音楽界のロックンロールは商業主義の音楽資本によって骨抜きにされてしまったが、ここにはその初心を手放さないロック歌人が立っている。

床の上(へ)に斃れたるまま一夜越すレゴブロックの兵隊四人  角山 諭

…この一首だけでもどのようなシーンかは想像がつくが、先行歌を読むと、わが子(作者の表記では「児」)が遊んだ後の景とわかる。戦闘があった。兵四人は斃れて動かない。そのまま一夜が過ぎる。翌朝、四人は息を吹き返すのか。そのままついえるのか。床という戦場に、今は静かな時間が流れている。〈母の内に暗くひろがる原野(げんや)ありてそこ行くときのわれ鉛の兵〉(岡井隆)という歌があった…などと思い出す。いまどきの「児」は「われレゴブロックの兵」なのかも知れぬ。


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