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2021年09月20日00:15

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本棚419『深夜特急3 インド·ネパール』沢木耕太郎(新潮文庫)

 「横になると、星のスクリーンが覆いかぶさってきそうなほど間近に見えた。やがて、土の微かな温りがシーツを通して体に伝わってきた。大地の熱にやさしく包まれ、緊張が解けていくにしたがって、何千人ものインド人と同じ空の下で夜を過ごしているということに、不思議な安らぎを感じるようになってきた。」

 本書から旅の舞台はインドへと移る。冒頭の駅の広場での野宿のような牧歌的な場面もあるが、これまでの香港や東南アジアなどとの旅とは次元の異なる衝撃的な場面も数多描かれる。現在のインドがどのような状況であるかはわからないが、著者が旅をした1970年代のインドは、「混沌」という言葉が生ぬるく感じるくらい、香港の光と影の影の部分が明るく感じられるくらいであった。カルカッタの難民キャンプで見たある「悲哀に満ちた光景」を、目をそらしてはこれから先一歩も前に進むことができないという思いから、見続けた場面が印象的であった。
 
 他方で、このインドの旅は重苦しいものかというと、決してそうではない。インドの人びとの、人間のたくましさ、強靭さが一種の明るさをもたらしている。
 例えば著者が旅をした頃、インドでは『ボビー』というミュージカル映画が大ヒットしていた。大金持ちの御曹司と美しい娘との恋や豪壮な邸宅での暮らしという、自分たちとはかけ離れたものに人びとは夢を見る。「彼らはサタジット·レイの映画など見たくもないに違いない」と言うように、インドの「現実」よりも、明日に向かうための力を与えてくれる映画の「夢」が彼らの心の糧となっている。
 また、アシュラムというアウト·カーストの孤児達が暮らす生活共同体を訪れた時、もう自分の身にどんなことが起ころうと驚きはしないといった絶望的な無関心さを表情に帯びた子どもが、次第に自分の外の世界に心を開いてゆく姿も、一筋の希望を感じさせる。
 このように暗さと明るさが、過酷な現実と人びとの強さが渾然と入り混じるインドという国を本巻は活写している。

 「ベナレスでは、聖なるものと俗なるものとが画然と分かれてはいなかった。それらは互いに背中合わせに貼りついていたり、ひとつのものの中に同居したりしていた。喧騒の隣に静寂があり、悲劇の向こうで喜劇が演じられていた。ベナレスは、命ある者の、生と死のすべてが無秩序に演じられている劇場のような町だった。私はその観客として、日々、街のあちこちで遭遇するさまざまなドラマを飽かず眺めつづけた。」
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