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2021年09月17日23:58

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本棚418『素晴らしき哉、フランク·キャプラ』井上篤夫(集英社新書)

 これまで無数の映画を観てきたけれど、最も好きな洋画はフランク·キャプラの『素晴らしき哉、人生!』だ。何度観てもラストシーンの大団円では滂沱の涙が流れ出る。

 キャプラの生涯と作品をコンパクトにまとめた本書は、山田洋次監督の談話から始まる。太平洋戦争の足音が忍び寄る時代、俳優としての活動の場を失った宇野重吉は絶望し、死ぬ前に一本映画を観ようと思い、偶然、キャプラの『スミス都に行く』に出会う。宇野は身体の中に活力が湧いてきて、死ぬ気持ちが遠ざかったという。宇野が山田洋次に語った「山田君、映画は、一人の遠い外国にいる絶望した若者の命を救う力を持っているんだ。映画を作るっていうのはすごい仕事なんだ。君、勇気を持って映画をつづけなさい」という言葉が心に残った。

 人びとの善意を信じて、夢と希望を持ち続けることがいかに大切かを観客に伝え、生きる勇気と喜びを描き続けたフランク·キャプラ。彼の映画は、単なる「お涙頂戴」の映画ではなく、人生の真実、人間の理想を常に浮き彫りにする。
 キャプラの作品の背後には、彼の波瀾に満ちた生涯があるように思われる。シチリアから来た貧しいイタリア移民としての辛い日々や下積み時代、妻との別れや幼い息子の死を経て、その後一流映画監督の座に登りつめるも、第二次世界大戦の従軍で最も充実した時期を失い、戦後も赤狩りの影響で不遇の時を送った。

 彼の辛い境遇を知って、ふと、ノーマン·ロックウェルの『結婚許可証』という美しい絵画を思い出した。結婚許可証を町役場に提出しようとする若い夫婦の幸福な一瞬を明るい筆致で叙情的に描いた絵。ロックウェルがこの作品を描いた時、妻が精神的な病に陥っており、画家は苦悩を抱えていた。その状況を脱するために、二人が結ばれた時の希望に満ち溢れた幸せな気持ちを再び思い出そうとこの作品を描いたと言われている。
 善きアメリカの精神を体現する、キャプラとロックウェルの両者の作品。その背後には、ともに困難な現実が存在していた。しかし、キャプラもロックウェルもあえて幸福な希望に満ちた作品を作り出した。それは現実からの逃避ではなく、きっと現実に立ち向かうためだったのであろう。キャプラの以下の言葉のように。
「私が作るのは人間が勝利する映画だ。それゆえ、どんな苦境に立たされた人間にも常に希望がある。」
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