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2021年09月09日00:53

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本棚415『人間であること』時実利彦(岩波新書)

 食べること、交わること、健康であること、学習すること、考えること、ことばを話すこと、創造すること、喜ぶこと·悲しむこと、笑うこと·泣くこと、生へ執着すること、夢みること、遊ぶこと、いのちを尊ぶこと、人間であることー。

 医学部で脳生理学を研究する著者は、上記のような20を超える切り口から、この不可思議な人間という存在に迫っていく。人間の脳の機能に着目し、「生きている」姿(反射活動)を担う脳幹·脊髄系、「たくましく」生きてゆく姿(本能行動)を担う大脳辺縁系、「うまく」生きてゆく姿(適応行為)と、人間だけが具現できる「よく」生きてゆく姿(創造行為)を担う新皮質系と分類するなど、明瞭に生の営みを分析する。

 多様な実験やデータ等を示す実証的な側面を持ちつつ、文学作品からの言葉も多く引かれ、心地よいバランスのとれた情趣ある本になっている。例えば、「群がること」の章では、夏目漱石の『行人』の「孤独なるものよ、汝はわが故郷なり」という言葉で締めくくられ、「争うこと·殺すこと」の章では、『新·平家物語』を著した吉川英治の、地球上の人間の歴史は闘争本能の動力が転がして来たといってよい、という言葉を引く。

 本書が執筆されてから半世紀の歳月が過ぎたが、この愚かしくもあり、尊い人間という存在は、解明できた部分よりも未知の領域が遥かに大きいのではないかと思える。
 戦争や闘争は未だ世界から無くなっていないが、人間は、よりよい未来の実現を想像することができる。希望を抱くこと、これは時の流れの中に自分を見つけることのできる、他の動物にはできない人間特有の力である。そして、ユダヤ人の精神医学者のフランクルが、強制収容所で生き延びることができた理由として、自身の未来を信ずることができたことを挙げているように、極めて重要な力である。
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