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2021年08月01日19:13

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本棚403『ノーザンライツ』星野道夫(新潮文庫)

 果てしない大地を進む数十万のカリブーの群れやベーリング海の氷海を悠然と泳ぐ鯨ーノーザンライツ、オーロラの下に古代のままの自然が今なお残る極北のアラスカに生きる人びと。このような地にも開発や現代文明の波(あまつさえ核実験場化計画まで)が押し寄せる。先行きの見えない時代の流れの中、行く末を模索しつつも、雄大な自然への愛着や畏怖、自身の生き方への矜持を持つ人びとの言葉はある種の清々しさがある。
 特に、女性パイロットの先駆けとなったシリアとジニーの、どんな状況でも人生を肯定しようとする態度や、クジラ漁をして生きるイヌイットの暮らしから星野が感じた「この世界をほんの少しずつ良い方向へ変えることができるかもしれぬという祈り」が印象的だった。国や人種の垣根を超え、アラスカの人びとの懐深くまで入っていける星野道夫だからこそ、書き上げられた本のように思える。
 おそらく自分を含め多くの人たちは、生涯この極北の地を訪れることはないかもしれないが、この世界の中に、悠久な古代の時間と自然が残る宝石のような場所があるということは心を豊かにしてくれる。

 星野道夫の文章はアラスカのひやりとした清浄な大気のような静謐さを湛えている。それぞれの話の冒頭の文章はどれも素晴らしく、遥かなアラスカの世界へと読者を誘ってくれる。

「十一月の感謝祭が過ぎ、人々の心にクリスマスの足音が近づいてくると、アラスカはいつのまにか厳冬期に入っている。太陽もほとんど顔をださない暗闇と、きびしい寒気の中で迎えるこの土地のクリスマスが好きだった。森の中の家々は小さな明かりで飾られ、その光が雪化粧した針葉樹をおとぎの世界のように淡く照らしだす。暗黒の中で光を求めるように、寒さもまた人の心を暖めるのかもしれない。」
「フェアバンクスの雪は、空から地上へと、梯子を伝うようにいつもまっすぐ降りてくる。雪の世界の美しさは、地上のあらゆるものを白いベールで包みこむ不思議さかもしれない。人の一生の中で、歳月もまた雪のように降り積もり、辛い記憶をうっすらと覆いながら、過ぎ去った昔を懐かしさへと美しく浄化させてゆく。もしそうでなければ、老いてゆくのは何と苦しいことだろう。」
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