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2021年07月12日00:43

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本棚397『第一阿房列車』内田百閒(新潮文庫)

　「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。」

　この有名な冒頭の言葉の通り、観光をして見聞を深めることも含めて、内田百閒は「用事」のある旅を嫌う。だから、ただ汽車に乗って移動し、とんぼ返りで戻ってくることも多々ある。東北、九州、広島、静岡など様々な土地を訪れるが、名所や景勝地に足を運ぶことはなく、食堂車でお酒を飲んだり、宿屋の仲居ととりとめの無い会話をしたり。しかし、そこには豊穣な無為の時間がある。

　やや頑固な百閒先生と、どこか飄々とした、同行者である弟子の「ヒマラヤ山系」こと平山三郎君とのやり取りが面白い。百閒先生は時にヒマラヤ山系君を、「丸でどぶ鼠」「南瓜を踏み潰した様な貧弱な恰好の靴」と評し、いろいろ悪態をつくが、常に「はあ」「そうですね」と受け流す山系の鷹揚さを密かに気に入っているように思える。

　今は全国に新幹線網が張り巡らされ、更にはリニアまで整備中で、旅の姿は戦後間もない本書の時代と比べ大きく様変わりしたが、本書に溢れている、不便さも受け入れた伸びやかな時間、真に贅沢な旅が、現代の読者を惹きつけてやまないのだろう。

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