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2021年07月04日19:43

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本棚396『魚河岸ものがたり』森田誠吾(新潮文庫)

 魚河岸、という懐かしい響き。築地から豊洲へと場所は変わっても、本書のような人情味は昔と変わらずにあってほしい。

 築地の市場に暮らす様々な人びとの群像劇。それぞれの話に、秘密を抱いた青年がいつも関わってくる。他のまちから追われるようにやって来た青年を優しくまちは受け入れ、学習塾の先生となった青年の知見や言葉は、まちの人たちの抱える問題に解決の糸口と、一歩を踏み出す勇気を与える。

「わきからでなく、真っ正面から人間に取組んだ連中、たとえば合戦で、生きるか死ぬかの最中に居る武者なんかですとね···運は天にあり、一歩たりとも引くべからずって、今のおれ達人間には、敗けそうに思えても、結果は天しか知らないんだから、一歩も引かず戦ってみようって言うんです···生きて行く本人は、運が天にあるからこそ、諦めてはいけない、僕はそう思いますが、どうでしょうか」

 平穏なくらしの中、十余年の歳月が経ったある日、二人の男の訪問により、青年の抱えた秘密が明らかになる。
 本書はそれまでの間のまちの人びとの様々な人間模様をあたたかな筆致で描き出すが、白眉は青年に想いを寄せる昔の教え子、高見麗子の手紙だろう。「海幸橋」と名づけられたこの章は、自身の出生の謎と青年の秘密とを述べた手紙だけからなり、落ち着いた端正な文章であるのに、相手に対する真摯で美しい愛情が迸っている。
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