mixiユーザー(id:2716109)

2021年07月03日18:30

33 view

本棚395『そっとページをめくる』野矢茂樹(岩波書店)

 哲学者野矢茂樹の書評集。自らが編者となった『子どもの難問』の本では、「ぼくはいつ大人になるの?」という問いに対する他の哲学者の回答をもとに思考を深めていく。自分以外の「かけがえのない何かを知ること」で子どもは大人になる。かけがえのなさの例として、ある人を容姿や有能さといった特徴ーその人以外にもその特徴をもった人が現れれば、別の人で代わりになるものーで好きなるのではなく、まさにその人がその人だからというただその一点だけで好きになったとき、それは「かけがえのない」人になるという。「容姿端麗」という一般性ではなく、「この人」という個別性で捉えるという話が強く印象に残った。

 また、多くの紙幅を割いた、宮沢賢治の「土神ときつね」についての論考は、美しい樺の木と気取り屋の狐との間に嫉妬をして、土神が狐を殺してしまうという単なる情痴事件としてではなく、「相貌」という切り口から、哲学者らしい本文の論理的な精読を通じて、物語の真の意味を浮かび上がらせる。
 緑の草むらの中で狐の赤革の靴がキラッと光る光景に、「狐が身にまとった虚飾の象徴」を土神が見たという読み。さらには、狐を殺してしまった土神が、がらんとした狐の穴と狐のポケットの中のなんの変哲もない「かもがやの穂」を見て慟哭する最後の場面について、狐がまとっていた虚飾が狐の弱さという実の側面の現れだったという読み。
 土神は、自分よりも優れていると思っていた狐も、自身と同様に弱い心を持っていたことに気づき、涙を流した。それは、常に周りの人々と自分とを見比べざるを得ない私たち人間への寓話のように思えた。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年07月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031