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2021年06月19日19:53

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本棚392『青春を山に賭けて』植村直己(文春文庫)

「枯葉を集めて火をおこし、コッヘルにジャガイモ、青菜を入れて煮て食べた。しょう油がなく塩味でやっつけたが、どんな豪華なレストランで食べる料理よりもおいしかった。そして心はいつもあの見上げるばかりの白い氷河の上にあった。」
「人の目につくような登山より、このエーデルワイスのように誰にも気づかれず、自然の冒険を自分のものとして登山をする。これこそ単独で登っている自分があこがれていたものではないかと思った。」

 この植村直己の若き日の冒険譚は、途轍もなくスケールが大きい。百ドルだけを手にアメリカに行き登山のためのお金を稼ぐために蜂に刺されながら農場で葡萄をもぎ、フランスでは全くフランス語を話せない中、スキー場で仕事を得る。一見、偶然の幸運に支えられているように見えるけれど、植村直己の登山への熱意が、周りの人たちの助けを必然的に呼び寄せているように思えた。世界五大陸の最高峰の踏破という、自身では生涯行わない、行おうとも思っていなかったことに挑戦しようとする植村の姿を見ていると、誰もが皆自然と応援したくなるのだろう。
 
 キリマンジャロに登りにアフリカに向かう四等船室で黒人の人たちと仲良くなったり、南米で氷河の上を流れる水を汲んで紅茶を作ったり。時には、ピラニアがうようよするアマゾン川を、粗末なイカダで60日間かけて上流から河口まで下る。植村直己というと登山家のイメージが強かったが、彼は真の冒険家だった。

 全編を通じて、植村の謙虚な人柄が伝わってくる。自身の大冒険を誇ることなく、失敗談も交えつつ、淡々と語る。明大山岳部ではよく山で転ぶのでドングリとあだ名されたように、植村は決してスーパーマンではない。そんな彼はエベレストを登頂した時も、自身を支える大勢の隊員やシェルパ達への感謝へと思いが向かう。以下のあとがきからも植村らしさが伝わってくる。

「私は五大陸の最高峰に登ったけれど、高い山に登ったからすごいとか、厳しい岸壁を登攀したからえらい、という考え方にはなれない。山登りを優劣でみてはいけないと思う。要は、どんな小さなハイキング的な山であっても、登る人自身が登り終えた後も深く心に残る登山がほんとうだと思う。」
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