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2021年06月07日07:54

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本棚390『背教者ユリアヌス(三)』辻邦生(中公文庫)

 どこへ向かって流れてゆくか分からない運命の流転。ローマ帝国の副帝としてガリア統治に当たっていたユリアヌスの人生は本巻で大きく転回する。皇帝コンスタンティウスに対するガリアの民衆や兵士たちの不満を受けて、皇帝と雌雄を決する時が迫りくる。
 
 ガリア軍団を率いて東征するユリアヌスは兵士たちと同じように刻苦し、粗食に甘んじ、彼らを気遣う。他方で、兵士たちを鼓舞する演説を行い、綿密な戦略を練り、的確な判断を下していく。そこには英雄としての理想のリーダシップがある。

 哲人皇帝と呼ばれたユリアヌスらしく、行軍の最中にも馬上の思いは、ローマという国のあり方、秩序と正義、人間存在などへと広がってゆく。千年先、二千年先を見通す透徹したユリアヌスの視点に仮託して、辻邦生は自身の思想を語るが、このような遠大な視点を持った作家は稀有な存在である。生活や仕事など日々追い立てられるかのように生きる私たちに、こうした視点に気づかせてくれることも読書の効用であるのかもしれない。

「「人間は永遠に未完成のものかも知れぬ。永遠に完成に向って走りつづけるものかも知れぬ。だが、それは走っているのだ。そのことが肝心なのだ」
「百年たっても人間は愚かであるかもしれない。五百年たっても人間は自発的に正義を実現しようとしないかもしれない。千年の後にもなお絶望が支配しているかもしれない。しかし人間が人間を自由な存在としたこと自体が、すでに正義の観念を実現したことなのだ。あとは千年か、二千年か、あくまでこの観念をまもりぬくほかない。二千年たってだめなら、三千年待つのだ。それでもだめなら、なお千年待つのだ。そして結局人間の歴史の終りにそれが実現されないことがわかっても、人間が正義の観念をまもりぬいたということだけは、少なくとも事実としてそこにあるのだ。」

 『背教者ユリアヌス』によって自分の人生を変えられたという須賀しのぶの巻末の解説からは、本書への深い愛情が伝わってくる。
「ひたすら真実を追い求め、理想の世界を地上に実現すべく生涯を捧げたユリアヌス。その生き様は、信条や正義が崩壊していくさまを目の当たりにしている我々にとって、きっとひとつの救いとなるだろう。」
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