２０２０年７月号より。
結社誌を読めばまざまざ目に浮かぶ二ケ月若いわたくしのこと �盒蕎�径
…なるほど、これは発見の歌だ。この７月号の締切は５月１２日。７月号は６月末頃には届くから、正確に言えば二ケ月弱かも知れぬが、締切ぎりぎりに詠んだ歌ばかり並ぶわけではないだろうから、平均すれば二ケ月若いわれの詠んだ歌がそこには掲載されている、ということになる。それを、その二ケ月若いわれが目に浮かぶ、というふうに、かつてのほんの少し若かりし己れを対象化しているところがこの一首の読みどころだろう。そう言えば、どなたの歌だったか忘れたが、投稿した歌が誌面に載るまでは決して死なない、というのを繰り返していれば、私は永遠に死なない、と詠まれていた方もおられたっけ…、などと思い出した。
意地悪を吸い込んでくれる木の壁に囲まれた店で会おう話そう 柳橋真紀子
…放送局などに設けられている残響なしのスタジオの壁は何でできているのだったか。あるいは木だったろうか。木ではなかったかも知れないが、この歌に詠まれている店の木の壁は、音ではなく意地悪を吸い込んでくれるのだという。何とすてきな店だろう。その店で珈琲などいただきつつ会って話せば、言葉の端々に微妙に含まれる嫌味のような意地悪は、ことごとくその壁が吸い込んでくれるのだ。という店で「会おう話そう」と呼びかけている相手のひとは、やはりわれにとって微妙な位置にいるひとなんだろうな、ということも思わせるが、その含みさえ木の壁が吸い込んでくれているようだ。
閉め切ったはずのカーテン隙間より知らせが届く そっと塞いだ 上村駿介
…届いた知らせは歓迎すべきものではなかったのだろう。これはいけない、しっかり閉め切らなければというわけで、隙間をそっと塞いだ。「知らせ」は何らかの気配のようなものだったのだろう。あるいは「知らせ」よりももっと良い語があり得るかも知れない。
母校裏を歩けば「代々木マジ死ぬわ」って聞こえてそれは模試のことだね 笹川 諒
…第１９回�眄ゾ渕�賞作品「とある帰省」１５首の９首目。「『過ぐれ諫早』と詠まれた町に」（１首目）帰省したシーンの歌が並ぶ。「母校」は高校だろう。代々木ゼミナールの模試を受けたがまるっきりだめだったよ、というのを、「代々木マジ死ぬわ」と言っているのがいかにも今どきの高校生らしくてリアルだ。事情をよく知らぬひとが聞いたら、何を言っているのかよくわからないフレーズかも知れない。が、われは一発でわかったのだ。そう、そう、俺もあんなふうに言っていた頃があったなあ…。なつかしさと共感。それが結句末尾「ね」によく表れている。
抱きしめて力いつぱい引き寄せて倒せばすがり来たる竹の子 藤本喜久恵
…一読、〈ひきよせて寄り添ふごとく刺（さ）ししかば声も立てなくくづをれて伏す〉（宮柊二『山西省』）を想起させる歌。ひとつ前の歌は〈人棲まずなりて久しき家に来て兄のかはりに竹の子を折る〉。われは竹の子を刺してはいない。竹の子はくずおれず、すがりついて来た。のであっても、表現とはおもしろいもので、どうしても宮柊二の一首が倍音として響いて来てしまう。生き物と生き物の真剣なやりとり、というような所まで還元するなら、ほのかに納得がゆくような気もする。
ポケットに手を入れて立ついつまでも不良少女に憧れてゐる 高田流子
…この歌を読んで「おお〜っ！」と思う読者は、作者の高田さんを知っている者に限られるかも知れない。少女の域を少し出たぐらいのひとが「いつまでも…」と言うなら、それはもういくらでもありそうなことだ。しかし、作者の高田さんは１９４０年のお生まれ。もうしばらく歌会でお目にかかる機会もないままだが、高齢者とか言われる齢に達しても、ジーンズにセーターというような姿で、颯爽と立っているすてきなお方である。そのような作者をイメージしつつ読めば、これはやはり「おお〜っ！」の歌だ。すてきだ。
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