昨日は敗戦記念日。
夜9時、NHKスペシャル「忘れられた戦後補償」を見る。本来この時間は毎週欠かさずJリーグ速報を視聴しているのだが、8月15日ゆえにやむを得ず、といったところだ。
冒頭で、「三国同盟を結んでいたドイツとイタリアが、軍人と民間人を区別することなく補償をしているのに」とナレーターは語り始める。
知らなかった。
ドイツがポーランドなど侵略した国家に今もなお、賠償金を払い続けているというくらいしか私には知識がない。ドイツが自国民に補償金を払っている? 財政が破綻してもおかしくないようなあのイタリアでさえ、民間人にも賠償金を払っているのか。
鹿児島の川内市で空爆を受けて左足の膝から下がなくなった女性が、「これまで生きていてうれしいということはありましたが、楽しいという感情は一度もありません」と語る言葉が重い。卒業アルバムでクラス全員で写る記念写真で、彼女は最前列の椅子に座っていた。が、足のところは黒いマジックで彼女自身が消していた。心の傷と身体の傷を生涯引きずるつらさは、金銭的な補償のあるなしにかかわらず死ぬまで続くだろう。
軍人恩給は多額で、こういう恩恵を受け続ける遺族が長らく自民党の票を下支えしてきた。A級戦犯の遺族までもが高額の年金を手にしている。声のでかい者勝ち、政権に尻尾を振る者勝ち、ということである。
(NHKは意地悪く、そのあたりを複数の官僚から証言をとっていた)
実に後味が悪いドキュメンタリーだった。
唯一の救いは、冒頭で「われわれは1万2千ページにも及ぶ極秘資料を手に入れることができました」というナレーションで、いま私は毎日詩人の遺稿を解読しているため、「たいへんな作業、ご苦労さん! たいへんだったろう?」などと相哀れむ気持ちになれたことくらいだ。
夜11時前、積ん読状態だった坂口安吾の短編集を引っこ抜いて、「私は海をだきしめていたい」「行雲流水」の2篇を読んだ。どちらも根っからの「淫売」婦を主人公に据えていて、もしこの作品に目を付けたフェミニストがいたら焚書の呼びかけをしそうなほど、一見女性蔑視の色が濃い短編なのだが、同時に、安吾の諧謔精神と「海をだきしめたいほどに淫売女をだきしめたい」という肉欲愛が描かれていた。
いいぞいいぞ、重たい夜にあって、一服の清涼剤だ。
安吾の2篇を読んだあと、一昨日届いた恩師主催の短歌誌をまた開く。結社の同人たちが詠む歌をひとつ、またひとつと読んでいると、「私はひとをだきしめていたい」とつい思ってしまう。歌の上手い下手はわからないのだが、3首に1首は「そだね」「いいね」と小さな共感を覚える。50首くらい読んでいると、小さな共感が積み木のピラミッドになって、市井に生きる人間はなんて素晴らしい、と気持ちが昂ぶるのだ。
深夜25時就寝。
今朝は7時50分起床。暑くて寝てられない。
で、午前中、2時間ほど資料を解読していたのだが、部屋の温度が推定36度になったところでやめた。身体に異変はないのだが、無理をすることもなかろう。
まだ15時前だが、とりあえず昨日のメモ代わりに日記を書き残す。
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