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2020年02月29日20:10

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トーストはシンプルなご馳走である

 朝食前、フローリングの床を見て気がついた。ウンコだ!
 ラズリの肛門に小粒のウンコが付いたまま部屋に上がり、それがリビングで落ちたかなすりつけたかで、床にウンコが置かれた状態となった。そこをスリッパで踏んで40センチ間隔でウンコが付着したのだった。
 侍従長として、まずはトイレットペーパーでウンコをぬぐい、次に捨てていい靴下を水で濡らして見た目の汚れを完全に拭き取る。しゅっしゅっとアルコールを噴射してカタチだけの消毒をし、さらにざっとワックス掛けをする。
 一連の流れるような作業をしてから、ペペロンチーノの朝食を摂ったのだった。
 室内でペットを飼っているご家庭であればたまにある日常である。
 今日は曇りだろうと思っていたのだが、晴れてきた。面倒くさいけれど市役所へ行って堆肥をもらってこよう。
 土曜日だというのに駅の周辺は心なし観光客が少ない様子。
 市役所の堆肥置き場に着いたら、全体がブルーシートに覆われていた。すわ、新型ウイルスの影響か、と一瞬焦ったが、そばにいた駐車場の警備員に訊いてみたら、彼はいやいやブルーシートの一部をめくって、「どうぞ!」と言う。
 ブルーシートの下に潜り込むようなかっこうで、堆肥をビニール袋に入れ始めたのだが、堆肥が発酵というか発熱していて、匂いがある。って言うか、こんな空気を吸ったら身体に悪いのでは?
 それでも堆肥欲しさに黙々とスコップで堆肥をすくっては袋に詰めた。
 終わろうとしていたところで、別の老夫婦がやって来た。ご主人のほうがビニールシートを広げ、潜り込まなくて済むような体制を作った。そうだよな、自分で紐を外してビニールシートを取り除けばいいだけだった。
 判断力の悪さを自覚させられつつ自宅に戻って、庭の隅の土置き場へ。
 山から取ってきた土と堆肥を交互に、キムチを漬け込むようなミルフィーユ状態にして、ときどき鶏糞を一摑みしては播く。箱庭療法みたいな単純作業で、結構無心になれた。

 午後4時少し前、急にトーストが食べたくなった。昨夜、今週発売のHanako「進化する、日本のパン!」特集を読んで、「ああ、中がふわふわ、外かりかりのトーストが食べたい」という衝動を覚えたことが記憶に蘇ったのだった。食パンは相変わらずブームのようで、4ページが割かれていたのだが、こういう記事は蘊蓄をかたむけているだけの自己陶酔型で、ペダンチックなジャズ評論家の解説と同様、ほとんどあてにならない。どんな食パンでもトーストにしたら味に大差などあるもんか(笑)。人それぞれで、焼き方とかバターの付け方などで好みを自分の舌に近づければいいのだ。
 近所にニューウエーブ系の焼きたて手作りパン屋はあるし、小学校の給食に卸しているような老舗パン屋もある。後者はたまに行って、ラズリ用にパンの耳をもらったりもしている。しかし、味はと言えば田舎のパン屋でしかない。
 とにかくぼくはシンプルなトーストが食べたい。バターを常温に戻すべく冷蔵庫から出してから、自転車でスーパーまで一気走りして、ヤマザキのWソフト、さらに明日の昼用にとフランシス・ベーコンなどをレジカゴに入れ、店内滞在の時間わずか3分でうちに戻った。
 グルメの真似をして、食パンにナイフで切れ目を入れてみた。オーブントースターの窓からトーストを食い入るように見て、ここだという瞬間を捉えて取り出した。
 その時に食べたいものがご馳走である。バターを切れ目に沿って塗り入れ、一気食いした。ハチミツやメープルシロップをちょっと掛けて食べたくなる時もあれば、今日のようにたっぷりバターのみで食べたい時もある。なんとなく上等そうな山型食パンを食べたい時もあれば、健康になれそうな全粉粒とか大麦入りの食パンを食べたくもなる。読書と同じで、その時々で志向(嗜好)は変わる。
 
 夜ごはんのあと、mixiのニュースを読んでたら、「レジ袋有料化4月に前倒し」(https://news.mixi.jp/view_news.pl?id=5991096&media_id=168)という記事があった。なんだ、朝日の朝刊に載っていたやつか。
 ざっと目を通したあとにつぶやきまで見ていたら、ディスっている人ばっか。よせばいいのに50人くらいのつぶやきを読んでしまった。こういうところで口汚くののしったり、元民主党の幹事長を揶揄したりしてる人間の顔を見たい。
 レジ袋が環境問題解決に糸口であるかどうかについて、100パーセントの正解はない。が、どちらかと言えばレジ袋を有料化して、少しでもプラスチックゴミを削減する努力を私たちはしたほうが望ましいとは言える。
 ときどき反面教師として思い出す人物がいるのだが、それは私が育てようとした作家で、正論に対して必ずアンチテーゼを唱えては悦に入る性格だった。たとえば割り箸をやめて森林保護を、という機運が盛り上がると、彼は得意げになってその反論を載せた本を引き合いに出して「割り箸と森林保護は結びつかない。むしろ間伐材を利用しているので割り箸を使えば使うほどいいのだ」と言う。一事が万事、そういう思考回路をとるものだから、私は付き合ううちにだんだんと「こういう男は伸びない」と悟った。案の定、その後彼は創作活動に行き詰まった。仲の良かった奥様とも離婚もした。たまに彼の名を見かけることがあるが、それは「フクシマの被災者は救済されすぎである。給付金をもらってパチンコや酒浸り」みたいな、相変わらずチンケなアンチテーゼを唱えながらかろうじて生きている「俺様は偉い的乞食」だった。良心的な思考をあざ笑うことで自分を支える、という人間がネット上には溢れまくりである。
 むろん、今日みたいにスーパーへ行くのがはっきりしている時、私はエコバッグを持って出かけるし、そうじゃなくてもできる限りリュックに入るだけしか買い物をしない、という確乎たる信条があるので、レジ袋の有料無料についてはそもそも関心が乏しい。
 そう言えば、スーパーからトイレットペーパーとティッシュが消え、ヨーグルトや納豆まで売り切れ状態というニュースもあった。これも震災直後、トレペ買い占めに走った友人がいてついそのことを思い出してしまったのだが、同年代なのに故人になってしまったので、哀しくもあるし、気の毒でもある。案外と恥ずかしい行為というのは、それが自分であっても他人であっても、記憶に刻み込まれるものだから。
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