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2019年11月10日10:20

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ドネアから井上へ継承されたもの



7日夜、WBSSバンタム級決勝の井上尚弥対ノニト・ドネアの試合があった。僕は仕事をしながらのテレビ観戦となった。

井上は、僕が知る限り日本ボクシング史上最強のボクサーだと思う。彼のような勝ち方を続けるボクサーを、僕は見たことも聞いたこともない。伝説的な戦績を誇るドネア相手にも、その勢いは止まることはないと戦前予想していた。多くの人の興味も、井上が何ラウンドでドネアを倒すかに集中していたと思う。

いざゴングが鳴ってみると、2ラウンド早々にドネアの左フックを浴びて井上が右目上をカットしたこともあり、予想だにしない井上の苦戦となった。

一進一退の息詰まる試合が進み、9ラウンドにはドネアの強烈な右を浴びて腰を落とした井上はたまらずクリンチでダウンを逃れようとした。誰が井上のこんな姿を予想しただろう。

しかしこれは、井上の底が見えたというよりは、ドネアが別格の、本物の世界の名チャンピオンであることを証明したと受け取った方がいいのだろう。たしかに、いままでも井上は世界の強豪と戦って目覚ましい勝ち方を納めてきた。しかし、そうした強豪と較べても、ドネアは別格の、別次元のレジェンドだった。この日はじめて井上は、本当の「世界」を見たような戦慄と興奮を覚えたのではないだろうか。

それほどスピードがあるようにも見えず、どっしり構えて井上を迎え撃つドネアは、しかしモーションなしの左を的確に井上へヒットしてダメージを与えていた。ときには自分から前に出て井上にプレッシャーをかける。これほどパンチを被弾する井上も、ましてや相手のプレッシャーに後退する井上も、かつて見たことはなかった。

井上がいつ倒すかという期待と緊張ではなく、井上が負けるかも知れない――そんな不吉な予感と緊張にとらわれながらの観戦になるとは、誰も予想していなかっただろう。

だが、11回、井上は起死回生のボディアッパーでドネアからダウンを奪い、一気に流れを取り戻す。ドネアの膝のつき方からいって、これで試合は決まったと思ったが、ドネアは驚異的な精神力と回復力で立ち上がってKOを拒み、試合を続行した。

どちらが倒してもおかしくないスリルに満ちた最後の3分間を両者戦い抜き、結果、11ラウンドのダウンが決め手となり、井上が判定で壮絶な試合を制した。

試合後、井上は開口一番セコンドに「楽しかった」と語ったという。かつて経験したことのない、あれだけの苦戦を、彼は楽しんでいたのだ。この言葉の含意は深い。いままで、無人の野を行くような圧勝を続けてきた井上は、実は自分が望むような試合をできたという経験がなかったのかもしれない。始まったと同時に終わってしまうような試合は、試合として成立しているとは言い難い。長谷川穂積は、ドネア戦で井上は3試合分くらいの経験をしたと評したが、井上はドネアという次元の違う強敵を得て初めて試合らしい試合、ボクシングらしいボクシングを経験できたのではないだろうか。これだ、自分がやりたかったのはこれなんだ――そんな思いが、試合後の「楽しかった」という言葉に込められているように感じた。

ドネアの姿も、まるで達人が後継者に体を張って奥義を伝授しているようにも見えた。

背中を追い続けた偉大なレジェンドからこれ以上ない贅沢な「稽古」をつけてもらった井上が、自身これからどのような伝説を築いていくか、いっそう楽しみになる試合だった。

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