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2019年09月07日23:11

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コンタクト

ゲルハルト・リヒターの映像コンサート36分 @清水寺経堂。
いまでもぼーっとしている。
私はなにをみたのだろう。


つなぐ・むすぶ日本と世界のアート
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@清水寺
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国際博物館会議京都大会の開催を記念するイベントの一環。
小説家の原田マハさんが総合ディレクターとして
清水寺を会場にキュレーションを行った展覧会です。


西門、そして馬駐には原田泉作品がどーん。
先日の原美術館での予習により
西門作品は布、馬駐作品はくすのきとわかります。
世界遺産に拮抗するプリミティブな強さです。
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【成就院】には


・司馬江漢《樹下騎馬人物図》
・川端康成の原稿に東山魁夷の挿絵
・ヨーゼフ・ボイス唯一来日時に使用された黒板
・資生堂ギャラリー『ニッポンノミヤゲ』展(2019)の映像作品
・オーブリ・ピアズリーの『Yellow Book』13冊
・『白樺』5冊
・ロダン《鼻の潰れた男》
・棟方志功《群鯉図》
・河井寛次郎《鉄釉球体》
・濱田庄司《赤絵丸紋蓋物》
・バーナード・リーチ《鉄絵花文壺》
・ジャコメッティ《男の胸像》
・マティス《ばら色のドレスを着た夫人》(1942)
・猪熊弦一郎《無題》3点
・三嶋りつ惠《光の目》・
・ミヒャエル・ボレマンス《くちなし》
・ルーシー・リー《マンガン釉を施した台鉢》
・小津安二郎《サンマの味・絵コンテ》
・手塚治虫《ブッダ》原稿
・竹宮恵子《風と木の詩》原稿
・三島喜美代《Work18-C13》
・シャルロット・ペリアン《メリベル・スツール》
・宮沢賢治《雨ニモマケズ》手帖
・森村泰昌《エゴ・シンポシオン・ゴッホ》《ちいさなひまわり》


全ての作品を挙げたのは一部で代表できるような選択ではないからです。
各々が有機的につながっている。
猪熊玄一郎のおどるような女性3人の絵を扁額のようにかかげた奥に
マティスの作品がみえたり。


展示のしかたもユニークです。
花頭窓を背負った逆光にジャコメッティのブロンズがあったり。


床の間の空間がいちばん見入ってしまいました。
2014年にミヒャエル・ボレマンスが建仁寺両足院で描いた《くちなし》の掛け軸と
再会、しかもその前にはルーシー・リーの乳白色で縁が鉄色の鉢が置かれていて。


【経堂】はゲルハルト・リヒター。
・8枚のガラス板
は堂島ビエンナーレから巡回してきたのでしょうか。所蔵はWako Works of Art。


そして初めて観たリヒターの映像作品。
・Moving Picture(946-3)
リヒターとともに、コリンナ・ベルツ、レベッカ・サンダースの名が記され
マルコ・ブラウさんのかすれ・きしむようなトランペットの演奏とともに上映されました。
京都バージョン、とうたっているからにはこの21回の上演のみ!?
リヒターのストライプが動き出し、次第に様々な意味で奥へ奥へと展開します。
36分ですが全く長さを感じさせませんでした。
作品というより人間、そして宇宙のなりたちに迫るようなイメージ。


【トーク】
リヒターのコンサートに先立ち、トークショーを聴きました。


御立尚資×原田マハ
「アートビズの時代 ビジネスリーダーは美術館にいる」


御立尚資氏はボストンコンサルティンググループ前日本代表で
詳しいプロフィールはこちら。大原美術館の理事でもいらっしゃいます。
https://diamond.jp/articles/-/94857


原田さんからはビジネスパーソンからみたアートについて
オピニオンリーダーとして語って下さいというご紹介でしたが
儲け上手になるためにアートを身に付けるというのはいかがか、というお話から。


そもそも御立さんのお母様は日本画家で、自宅ではニカワの匂いがしており
画集で東山魁夷の《道》に心をゆさぶられたのがアート原体験だとか。
すると原田さんからも、共通項として21歳で出会った魁夷の《道》を
40代で作品化したお話が。
(《道》の前で再会をはたす兄弟の物語だそうです)


さらに原田さんは、小学校4年のときに初めて大原美術館へ行き
入口でシャヴァンヌに出会ったお話。
(それが《楽園のカンバス》の1頁目、1行目にでてくるそうです)


御立さんもおっしゃるとおり、美術館の価値はまったく違う瞬間に
違うところで意味をもってくるのですね。
アパレル社長の石川さんが大原美術館で作品を写生していたら
作品理解が深まったという例をあげられました。


原田さんが話を戻します。
小4の大原美術館初訪問ではピカソが「へた」だと思ってしまった。
それはかなり長い事かわらなかったけれど
だいぶたってから京都市美術館で青の時代のピカソをみて天才!と感動したとか。


御立さんによると、もののわかりかたには3つの階層がある。
それは頭でわかるもの、感性でわかるもの、より深いところでわかるもの。
3次元の世界は網膜でいったん2次元になる。しかしそれを脳が再構築するから
人は物を3次元でとらえるのだと。それをキャンバス上でみせるのがピカソ。
それと同じように、心をゆさぶるものがあって、何か言葉や数字では表現
できなくても、その気持ち悪さにつきあっていくと後から理窟はついてくる。


今回の展覧会でも、ジャコメッティを陰影礼賛のような展示のしかたをして、
あれは作者でも気づかなかった事ではないか。




現在は個の時代、個々の発進力が高い時代ですが、同時にシェアの時代でもある。
疑問はSNSに投げて解決する。アートの新しいありかたはここからでは。
20世紀は作ればいい時代だった。たとえばGDP、これは大恐慌後に経済が
どのくらい立ち直っているかをはかる指標だった。
しかし今、自動車は売れる数より稼働率の問題になっている。
ものさしも変えていかなくては…という本を出します(御立)。


今回の展示について。
原田さん、こんな結果になるとは思わぬ嬉しい誤算だったそう。
会場がホワイトキューブでなく、小堀遠洲の日本庭園に面した広い日本間という
濃密な意味をもつ空間で。
フランス人も正座して作品と対峙していましたね、と御立さん。
キュレーションを「みたて」と表現されました。


原田さんの嬉しい誤算その2。
8日間の会期のうち7日が終わった時点でスタッフから出た言葉が
お客さんの品がいい。
これはこの展覧会が美術関係者からみれば実に怖い展示の仕方を
していることと関係します。
棟方志功の襖絵の前に河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ。
どれもむきだしで、触ろうと思えば触れる。
皆さんの心根に賭けた、のだそう。
そしてバタバタ走るひともいなければ苦情も出ない。
お客さんが美しい日本人を示して下さったおかげで展示の価値が高まった。
それは自分が数寄(すき)な人は他人も楽しむだろうという想像力が
あるんでしょうね。
本物は数寄(すき)がら始まるのであって、道徳からはじまるのではない。
アートマーケットではアメリカと中国が8割を占めています。
でも日本では別の観点として、いい展覧会には10万人以上の人が
足をはこぶ。これは大事なことです。


ただしもうひとつ言っておくと、
川端康成にもみるように、優れた小説家は小さい美術品を身近において
愛でてきた。そんなことをとりいれるとより素敵になるのでは。


アートは無くても生きていけるものですが、人生をより豊かにするものです。
原田さんがルーブルの最初のコレクションの話をされました。
ルーブル最初のコレクションのひとつは6000年前の壺で、
ギザギザやドットの模様のついた壺なのだそうです。
雨水をためる容器に模様は必要ない。でも模様があるといいと思った人がいた。
さらにそれをいいと思った人がいて、だからこそ残ったのです。
昔から私たちにはそんな感性があったんだ、大丈夫だ、と思われたそうです。


そしてビジネスとアート。
ビジネスは数字と持続性が求められます。
やりたいこと、価値観、美意識も大切。
そのためにアートを勉強するのはいやらしいけれど
自分自身の持続性が高まる効果はある。
「すき」は「明るい」につながりますから。
コンタクトして、そのあとどう繋がるか。
過去のデータを勉強してつみあげることはAIにできるけれど
新しいものを生み出すのが人間。
松方コレクションの欠損した作品の修復においても、
AIのつくったものに「モネはこういう描き方しません」と
ダメだしした馬淵館長さん。人間の感性がより再現性を高めました。


展覧会にも個々に集まってきて同じ体験をすることが面になる。
それでは今日は「コンタクト数寄の会」結成ですね、と締め括られました。


展覧会は9月8日まで。
https://contact2019.com/

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