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2019年08月16日11:52

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プレバト 弾丸列車

プレバト 弾丸列車
 プレバトを観ていた。今週は、名人特待生チームと、小・中学生選抜チームの対戦。対戦結果は、僅差で小・中学生チームの勝ち。キスマイの千賀の句が、僅差に持ち込む殊勲の句となった。その句の中に、弾丸列車という言葉がある。

原爆忌 弾丸列車 光るこの空 

 この句を見たとき、ドキッとした。いろんな意味が重なっている句でもあるのだが、千賀自体は、そのことに気づいていなかった模様。弾丸列車は、千賀は、単に新幹線を弾丸列車と例えただけだったようだが、実は、弾丸列車は、過去に日本を賑わしたことがあった。実在した、というわけではないが、存在しかけたという列車。また、光る空も、千賀は、単に、空が明るく光る、ぐらいの意味で使ったようだが、この光る、に特別な意味を感じる人もいるだろうと思う。俳句としての出来が、どうかは、ともかく、千賀が意図しないまま、この言葉を選択して俳句としたのは、千賀独特の感性なのだろう。三振かホームランか、と言われる千賀には、何かを察知する言葉のセンスがあることは確かではないかと思う。

原爆  弾丸列車  光る空

 この全てが戦時中の日本と結びつく。弾丸列車は、太平洋戦争前に実際に日本で計画された鉄道計画だ。東京から大阪、下関を結び、朝鮮半島から、満州、そして北京まで結ぶ大鉄道計画だった。下関から、朝鮮半島までトンネルを掘る計画まであった。東京、満州を高速で結ぶ計画の列車が、当時、弾丸列車と言われていたのだ。そして、予算が計上され、路線の土地の買収を実行、線路も建設開始、トンネルも掘られていく。結果から言うと、戦局の悪化、そして、日本の敗戦によって、この計画は頓挫する。今になって、韓国が、日韓の間に直通列車を走らせよう、と提案したことがあったが、計画案は、まだ、生きていたのかと思わせるニュースだった。
 では、弾丸列車は、ただの歴史の中に埋もれた幻の列車だったのかというと、そうではなかった。戦後、日本に、東京大阪間を新幹線で結ぶという計画が、持ち上がり、線路施設の工事が始まった。この時、新幹線用として使われた路線が、あの弾丸列車用に施設された路線だったのだ。弾丸列車用のトンネルも新幹線用として使われることになった。路線用地を買収済みだったのが大きかったようだ。弾丸列車が新幹線として生まれ変わり、同じ路線を走ることになった。ここで、弾丸列車と新幹線が、強くリンクすることになる。新幹線計画は、四国を通って九州に繋がる路線も計画されており、そのための線路も一部存在する。近未来的には、東京名古屋間が、リニアモーターカーで繋がり、その後、大阪まで通される模様。現代の東京大阪間の新幹線は、3分おきに運行されるぐらい過密状態で、東京大阪間がリニアモーターカーで結ばれれば、東京大阪間の出張が、ほぼ日帰りになりそうだ。新幹線は、旅行で使われるというよりは、ビジネスに使われることが多く、普段でも、サラリーマンで、かなり混雑してい。リニアモーターカーが運行されれば、通勤に使う人も出てくるだろうと言われている。日本の弾丸列車計画は、まだまだ道半ば、最終的な目標は、日本とヨーロッパを鉄道で結ぶという壮大なものだった。千賀の句は、意外にも、芯を食ったもので、歴史的な深さも合わせ持っている。不思議な句を詠む男だ。それにしても、玉ちゃんは可愛い。
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