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2019年03月25日22:37

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あまりにも日本的な「ロックンローラー」




内田裕也がミュージシャンとしてどれだけの評価すべき仕事を残したのか、僕には判断できないのだけど、音楽的才能とは別次元の(多分彼には音楽的才能はほとんどなかったと思う)、イメージも含めた「ロックンロール」の日本への土着化の一つの大きなサンプルであることは確かであり、そういう意味では永ちゃん以上の存在だと思う。

日本における開闢以来の課題である海外文化受容という文脈で捉え直すと、さして芸術的才能はなかったにもかかわらず、その無様な生き様を晒すことすら一つの「芸」として成り立たせ、名作は一つも残していないのにレジェンドとなりおおせた島崎藤村にも通じる仕事を残したミュージシャンであった――といえるかもしれない。また、島崎藤村が巨匠として名を残せるような文化風土があったからかこそ、内田裕也は日本における「ロックンロール」を象徴する人物と看做される至ったのかもしれない。日本人というのは、作品の出来自体よりも、破天荒な生き様(そうえいば「生き様」をキーワードにする質問、先日のイチローの引退会見でも飛び出していた)をことのほか好む民族なのである。ここに、日本的「私小説」がいまだに人気を失わぬ秘密がある。生き様、壮絶人生、みんな大好きだよね。

エルビス・プレスリー「ハートブレイク・ホテル」、チャック・ベリー「ジョニー・B・グッド」、リトル・リチャード「ロング・トール・サリー」、ファッツ・ドミノ「ブルー・マンディ」、エディ・コクラン「カモン・エブリバディ」……

米国のレジェンド級のロックンローラーは、みな誰もが知っているヒット曲を持っている。それに較べ、内田裕也は誰もが知っているヒット曲を一つも持っていない。にもかかわらず、日本の「ロックンロール」の象徴的人物になってしまっているというのが、かえって痛快である。彼の生き様は、ロックンロールをやるのに才能なんて関係ねーんだよ! という強烈なメッセージになっている。ある意味、シド・ヴィシャスを先取りしていたともいえる。しかし、シドには「マイ・ウェイ」があるが、裕也さんにはそれすらない。シドすら超える境地に達していた――と言えるだろうか。

あまりにも日本的な「ロックンローラー」であった内田裕也が、平成の終わりを控えるこの時期に長逝したのも、何か天の配剤のような気がしなくもない。
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