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2019年03月15日23:10

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電気グルーヴに文化勲章を

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今日の朝日の天声人語は、コカインで捕まったピエール瀧を坂口安吾のヒロポン中毒と絡めつつ、作者と作品は別物だから、ピエール瀧の出演している『あまちゃん』などの放送自粛をするべきではない――と主張している。

英米のミュージシャンだとクスリをやっていない人の方が珍しいけど(スプリングスティーンはやったことがないそうな)、たとえばミックやキースがパクられた時、ストーンズのレコードが発禁になったという話は聞いたことがない。それどころか、ミックとキースを応援するためにザ・フーは「ラスト・タイム」と「アンダー・マイ・サム」のカヴァーを緊急リリースしたりしている。日本でも、ピエール瀧を応援するためにスチャダラパーかグループ魂あたりが「N.O.」のカヴァーを緊急リリースしてはどうか。

荻上チキも芸能人の薬物使用を巡る報道に医学的立場からの異論を唱えているけど、その視点にも少し疑問がある。薬物使用を、「犯罪→更生」という文脈ではなく「病気→治療」という脈絡で報道すべきであるという主張だけど、本当にそんなに大事なのだろうか。

「犯罪」だとか「病気」だとか、違法薬物使用を「人間やめますか」レベルの大事として捉える日本人のドラッグ観こそ、いま一度問い直されるべきなのではないだろうか。

中毒性では、酒や煙草の方が上だという話も聞く。

日本では、違法薬物使用がばれると、「人間失格」レベルで糾弾され、ほぼ社会的に抹殺されてしまうけど、欧米では、違法薬物使用でパクられても、それでそのアーチストの作品が発禁扱いになったり、そのアーチストが社会的に抹殺されることはない。それどころか、ポールやミックなんかは今では叙勲されて貴族だし、世界中にマリファナを広めたボブ・ディランはいまやノーベル文学賞ミュージシャンである。

法律を破っているのだから、勿論罪には違いないけど、それがどの程度に重い罪なのか、もう少し冷静に議論しないと、かえって違法ドラッグが誇大な社会的スティグマと化して、そのアウトロー的なイメージ故に逆説的な神聖化が人びとの心理の中で行われてしまうことになり、好奇心旺盛な人ほど、無意味にクスリに手を出してしまうというパターンもあるのではないだろうか。

違法薬物使用を「人間失格」レベルの破戒行為だと見なすのは、日本人の特長である世界に冠たる遵法意識から出ているものなのかもしれないけど、薬物の実態をよく知らないで大騒ぎしている姿は、昔の共産主義を「アカ」として思考停止的に嫌悪していた田舎者根性の現代版のような気がしなくもない。

そんな大したもんじゃないんだよ――という冷静な認識の上で、違法薬物使用の問題を議論できる言論空間こそ、そろそろ日本には必要なのではないだろうか。

それにしても、石野卓球が薬物をやっていなかったら、そっちの方がニュースで、ここで卓球が「俺もやってんだよ、文句あるか」と宣言すれば、まさに日本人のドラッグ観をしたたかに揺るがす一撃となり、それこそボブ・ディラン並みのレジェンドとして卓球は日本のロック史に名前を残すことになるかもしれない。

しかし、「N.O.」はいい曲だなあ。特に、

「話す言葉はとってもポジティブ/思う脳みそホントはネガティブ/馬鹿なヤングはとってもアクティブ/それを横目で舌打ちひとつ」

というリリックは、日本ロック史上に燦然と輝く一撃だと思う。



■「20代からコカイン使用」=ピエール瀧容疑者−関東信越厚生局
(時事通信社 - 03月15日 21:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=5540228
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