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2019年03月12日01:12

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ルー・ルイスとクライストの『チリの地震』

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東日本大震災から8年。

当時、様々なイベントが自粛などで中止される中、シンディ・ローパーが来日公演を決行し称賛されたことは未だに語り継がれている。

余震の恐れがある中、イベントを中止するのも、決行するのも、ともに勇気の求められることだったと思うから、どちらが正しかったとは言うことはできない。ただ、シンディ姐さんの心意気に、当時の日本人が励まされたことも忘れ難いエピソードである。

そんな中、地震から一週間後の3月18日から22日にかけて、英国パブロック界の伝説的ハーピスト、ルー・ルイスが、いろんな意味で奇跡の初来日公演を敢行した。

甲本ヒロトに影響を与えたことでも知られるルー・ルイスは、英国ロック界でも名高いジャンキーで、クスリを買う金欲しさに自宅の隣の銀行に玩具の拳銃を持って強盗に入り、七年の実刑判決を喰らってキャリアを棒に振ったという筋金入りのチンピラである。

ジャンキーの上に強盗の前科持ちなので、来日は不可能と思われていたのが、どうやって法の目を潜り抜けたのか、2011年3月に来日公演が実現し、僕は当然観に行くことにした。

チケットを買うために招聘元のヴィニール・ジャパンに電話すると、「何しろ相手が相手なので、成田で入国できず、ドタキャンになる可能性もあります。その際には、チケット代は勿論払い戻しますが、ドタキャンの可能性も受け入れた上でのご購入をお願いします」と確認された。ライブのチケットを買うのに、こんな確認をされたのは、オンリー・ワンズの初来日以来である。

当初、無事の入国すら危ぶまれたルー・ルイスは、しかし、震災発生後、他の外タレが軒並み公演を中止する「非日常」の中、地震からわずか一週間後の来日公演の実施を平然と表明した。当時は、東京ではまだ節電が行われていて、ガソリンスタンドも麻痺していたので、幹線道路の交通量もまばらだった。しかも、原発事故がどうなるかもわからない混乱状況で、まるで戒厳令下にあるような東京に、ルー・ルイスは恐れもせず乗り込んできて、強烈なブロウを披露してくれたのである。僕の人生でも、最も忘れ難いライブの一つだと思う。

そして、一年後の2012年にも、ルーは再び来日公演を企画してくれた。当然、そのチケットも僕は買った。しかし、地震から一年経ち「日常」が回復したためか、かつての前科が問題視され、成田で入国が許可されず、二度目の来日はドタキャンとなってしまった。

地震直後という「非日常」では入国が許され、地震から時が流れ「日常」が回復した後には入国が許されなかったルー・ルイスに、僕はハインリヒ・フォン・クライストの名作短編『チリの地震』を思い出してしまった。

クライストの『チリの地震』は、1647年にチリで発生しサンティアゴを崩壊させた大地震を素材にした作品である。震災が起こる直前、身分違いの恋のために逮捕され前途をはかなみ自殺を決意した主人公が、地震が発生し、牢獄が崩壊して束の間自由の身となり、震災直後の非日常の中でその才気を発揮し多くの人助けを行なうが、やがて地震直後の混乱が一段落し「日常」が回帰すると、主人公の前科が問題視され群衆の私刑に遭い殺されてしまう――という小説である。

日常と非日常における価値の顛倒というのはクライストの作品群に通底するモチーフだが、それが最も鮮やかに描かれているのが『チリの地震』だろう。

東日本大震災という「非日常」のドサクサでのみ来日が可能となり、僕らを励ましてくれたにも関わらず、「日常」が回復した一年後には来日が許されなかったルー・ルイス。彼こそ、現存するリアル・ロックンローラーなのかもしれない。


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