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2018年11月17日21:09

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マイミクさんの脳挫傷

 夜、iPhoneに電話が掛かってきた。友人にしてマイミクのTさんだ。
「もしもし、あ、どーも!」
 といつもの口調だったが、次にとんでもないことを言った。
「先週の水曜日、道路で転倒しちゃってさ。脳挫傷と頭蓋骨骨折とくも膜下出血で救急搬送されて」
 えっ? と私は絶句し、しかしすぐに気を取り直して「いま、どこから電話しているの、病院?」と問うた。
「いや、冥界」
 Tさんは歯切れよく答えた。
 冥界って4G電波が飛んでいて通じるのか、と思ったままを口にしたら、
「倒れた時、偶然にもiPhoneを握っていたので、運がよかった。そのままあの世に行ったのでこうして電話が出来るってわけさ」
 と言う。
 それは不幸中の幸いだったね。こうして会話が出来るのだから、よかったよかったと私はTさんをねぎらい、10分ほど話を続けたのだった。
 前後の記憶がまったくないとのことなのが残念だったが、亡くなってなお、こうして会話が出来るのだから、あらためてスマホの便利さに感心した。iMassageも可能らしい。四十九日にはお悔やみのメッセージを出そう。
 読まなければいけない本がカフェテーブルのそばに積まれているのだが、この2日で藤野千夜の『編集ども集まれ!』を読了。四六判420ページの長編だから読むのがしんどかった、というわけではなく、元漫画編集者の自伝的な小説ゆえに計百人にも及ぼうかという漫画家、編集者、編集者あがりの作家名がほぼ実名で書かれてあって、ただの面白い人間群像劇と捉えられなくて、読むのがしんどかった。
 藤野が日本文芸社の「漫画ゴラク」の編集者となったのは1985年の春(会社名と誌名は私の推測)。いまでこそLGBTの人権は低脳ウヨクを除いて一般的に認められはじめているが、80年代90年代は、女装して出社し、男性ではなく女性として働くことは、たとえ自由度が比較的高い出版社であってもしんどかっただろう。藤野は8年後、懲戒解雇されることになる。この8年と現在のことを交互に織り交ぜていきながら、漫画史と自分史を語るという内容だった。芥川賞作家でありながら文体はエンタメ路線で、イメージしていたのとは違って、内面を深く語るより事実を並べて読者を愉しませるスタイルだった。
 最初の100ページは、神保町にある集英社でも小学館でもない漫画出版社、という認識だった。が、徐々にひょっとして日本文芸社なのでは? と思い始めた。
 もしそうであれば、本作に出て来るビルに私は50回以上出入りしている。日本文芸社に知己の編集者がいて、原稿を書かせてもらっていたのだった。原稿のやり取りとは別に、私は中島さんのおっとりとした性格が好きなので、本探しで神保町へ行くと「コーヒーおごって」などといきなり電話をし、毎回、「さぼうる」で珈琲をごちそうになっていた。藤野の働いていた時期にも日本文芸社のビルに幾度も入っていたので、建物にしても神保町の風景にしても記憶のなかから実像が甦ってくる。
 だから読むのがしんどかったのだ。
 久しぶりに中島さんのことを思い出した。
 中島さんは20世紀の終わりに亡くなった。日本文芸社とはただ個人的に繋がっていただけなので、以降、一度も足を踏み入れていない。
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