かれこれ1カ月以上前、現代舞踏家のH氏から往復はがきによる手書きの招待状が届いた。
6月10日、「O氏と私」の試演を招待者のみで躍る。出欠を返信されたし、という内容だった。一にも二にもなく来場することに決め、返信用のはがきに偏狭にして文学的な心境を想念の赴くままに綴った。突然の招待状に私はいささか驚いたものだが、私と同じくらいの驚きを舞踏家に与えるのも一興であろう。
日曜日は終日雨だった。
会場は家から歩いて10数分のところにある小学校の特別教室だ。
教室に入ると、椅子が10数脚、並べてあった。
椅子の上にはB5用紙に手書きのチラシが置かれていて、意味が掴みにくい文章が載っている。書き出しはこうだ。
あの日、O氏のアルヘンチーナ頌の演出をするにあたって、土方さんはO氏に向かって「舞台で少女論を書きなさい」と言いはなった。
その言葉と勢いにO氏は押され気味に「少女論なんて、私には書けません」、すると土方さんは「アンタは女学校で便所の詰まりを手を突っ込んで修理しているだろう。そこから書けばいいんだ!」
午後7時を数分すぎて、ひとり舞踏(ソロダンス)が始まった。
私の目に映ったのは、鎌倉の山里に棲むひとり住まいの老女だ。自称娼婦だと本人は周囲に語っているようだが、それが事実なのか虚言なのかは、私も含めて誰も知らない。
老女が住んでる家は1DKの平屋建て陋屋で、昭和初期に書生用の宿舎として建てられた。本宅は和洋折衷の瀟洒な洋館だったのだが、かなり昔に土地ごと売られ、現在は小さなマンションに姿を変えている。
老女は若い頃、グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」の舞台とされるドイツのヘッセン州の村を訪ねたことがある。そこは背後に黒い森がどこまでも広がっている辺鄙な田舎で、昔も今も民家がまばらにあるだけだ。
彼女がその村で身に纏っていたのは黒のワンピースだった。老女は40年ぶりにワンピースを押し入れダンスから取り出し、それに着替えた。
ワンピースを身に纏うと、身体が自然としなやかになった。部屋の電灯を消して、深呼吸をした。
手を左右に広げて顎を上げたら、窓から月が見えた。途端、子どもが高熱を出して瘧にかかったように苦悶状態と陥った。50年分の人生が一気に頭から足先へと駆け抜け、彼女は倒れそうになる。が、ぎりぎりのところで踏みとどまると、苦悶は歓喜へと変わった……。
というようなストーリーを私は勝手気ままに練りながら、H氏の舞踏を楽しんだ。
雨の日曜日の夜。これ以上の演し物はないだろう。
帰り路、一軒の古民家の前を歩いていると、窓と言わず家全体からジャズが聞こえて来た。
隣の敷地がコインパークで、クルマが一台もないものだから、そこで一服することにした。
鎌倉の夜である。てんで気ままな街、自称娼婦が生きられる街(笑)。
月曜日火曜日……。最近、一日があっと言う間に過ぎていく。小学校では45分の授業が永遠の時であるかのようになかなか終わらなかったのに、おとなになったら、その45分より一日のほうが早く過ぎる。
あらま、今日は6月13日。今年が約半分終わっているではないか。
晩ご飯を食べたあと、物置に行って、昔むかし使っていたフォルクスワーゲンのノベルティグッズであるカップ&ソーサーを探した。どこにあるかがだいたいわかっていたので、すぐに見つけることができた。
先週の土曜日、偶然x偶然x偶然x偶然という計算式の延長線で、中古車を買った。この先事故でも起こさない限り、人生最後のクルマになるだろうと自分では思っている。
フォルクスワーゲンのup!。
だから、ロゴの入ったカップで珈琲を飲みたくなったのさ。
今日は、警察へ車庫証明申請書を提出しに行った。
この日記を書く前、毎日のように読みに行ってる高校時代の恩師のTwitterを見た。
<シンガポールで米朝首脳会談実現。日本画から帰ると、トランプのスピーチが始まったが、同時通訳を聞いても意味不明。ただ、戦時中の少国民はここ何日か、映像で今のシンガポールの平和な風景を見て、日本軍のシンガポール陥落から、今日までの72年の年月を思い感慨無量であった。>
私は先生と20歳、年齢が離れているが、少し似通ったことを思っていた。
シンガポールと言えば、シンガポール陥落。日本軍がシンガポール華僑を何人殺したか、もはや正確にはわからないが、推定5万人は超えるだろう。現地では強姦にあった女性は数多くいたし、そもそも米朝会談があったセントーサ島は従軍慰安婦施設があったところとして歴史的に悪名高い。日本軍征くところところに慰安所あり。
米朝の会談場所が決まってからのこの1カ月、テレビニュースや新聞で、日本とシンガポールの歴史的関係に言及した報道は一本も接することがなかった。昔のことなど知らぬ存ぜぬ、という度が過ぎるイノセントもどうかなと思っている間に、米朝会談はなんとなく終わってしまったのだった。
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