mixiユーザー(id:6486105)

2018年01月03日20:35

155 view

脚下照顧、方下著、本来無一物

 年末の30日に読んだ古雑誌「日経おとなのOFF」2015年12月号で気になった記事をもう一回読み直した。「人生後半の持たない暮らし入門」特集だ。


無駄を省き、本当に必要なものだけで生活することが。豊かさであり美しさであるというのが禅の教えです。不要なものを捨て、汚れや埃を取り去り、執着やこだわりを手放して、欲や見栄から自由になったときに始まる、限りなくシンプルな日々。これこそが豊かな暮らしであるということに、世界中の人が気づき始めているように思います

お寺の玄関先に「脚下照顧」と書いてあるのを見たことがあるかと思います。「履き物をそろえてください」という意味ですが、その奥にあるのは「履き物をそろえられない人は自分の心も整えられない」という禅の考え方。

人生の苦しみの多くはこだわりによって引き起こされる。禅では「方下著」という言葉をよく使いますが、要は「捨ててしまえ」ということ。さあ、ものと一緒に執着も手放してしまいましょう。

既に持っているのに、新しいものが欲しくなる。これは欲が欲を生んでいるわけで、幸せとは言い難い。

物欲に負けそうになったら、「本来無一物」という禅語を思い出してください。人間の欲望を戒めた言葉で、裸で生まれてきた人間は、本来何も持っていないという意味です。

                   (以上、曹洞宗建功寺住職 枡野俊明住職)
 

 枡野さんが禅を教えを説いた本はうちのどこかにあるはずだが、見つけるのが面倒くさくなるくらいに本の整理が出来ていない。これなら本を持たないほうがましだ。
 日本の伝統では正月に掃除や整理整頓をしてはならぬらしいが(笑)、明日から不要な物をまとめてゴミに出し、本も整理がてら一部は処分しようと決めた。
 昨日、お寺の行事に参加したときにもちらっと考えていたことだった。自分は執着心が強い。仏教だとか禅だとか、そういう尊い形而上学的な次元ではなく、これまで当たり前だと自分で受け入れていた「常識」を本来の自分の目で見直して、改めるべきことは改めたいと。
 この1年の世俗的な目標は一応あるのだけれど、もっと大事なことは真の意味での自己満足だ。歪んだ資本主義のエートス(@マックス・ウェーバー)なんてくそくらえ。幼稚な大統領を頂くアメリカのピューリタニズムと訣別するのに、今年はいい機会だ。学生時代によく使っていた「反帝反スタ」を心の拠り所の一つにしたい。

2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年01月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031