年末の30日に読んだ古雑誌「日経おとなのOFF」2015年12月号で気になった記事をもう一回読み直した。「人生後半の持たない暮らし入門」特集だ。
無駄を省き、本当に必要なものだけで生活することが。豊かさであり美しさであるというのが禅の教えです。不要なものを捨て、汚れや埃を取り去り、執着やこだわりを手放して、欲や見栄から自由になったときに始まる、限りなくシンプルな日々。これこそが豊かな暮らしであるということに、世界中の人が気づき始めているように思います
お寺の玄関先に「脚下照顧」と書いてあるのを見たことがあるかと思います。「履き物をそろえてください」という意味ですが、その奥にあるのは「履き物をそろえられない人は自分の心も整えられない」という禅の考え方。
人生の苦しみの多くはこだわりによって引き起こされる。禅では「方下著」という言葉をよく使いますが、要は「捨ててしまえ」ということ。さあ、ものと一緒に執着も手放してしまいましょう。
既に持っているのに、新しいものが欲しくなる。これは欲が欲を生んでいるわけで、幸せとは言い難い。
物欲に負けそうになったら、「本来無一物」という禅語を思い出してください。人間の欲望を戒めた言葉で、裸で生まれてきた人間は、本来何も持っていないという意味です。
(以上、曹洞宗建功寺住職 枡野俊明住職)
枡野さんが禅を教えを説いた本はうちのどこかにあるはずだが、見つけるのが面倒くさくなるくらいに本の整理が出来ていない。これなら本を持たないほうがましだ。
日本の伝統では正月に掃除や整理整頓をしてはならぬらしいが(笑)、明日から不要な物をまとめてゴミに出し、本も整理がてら一部は処分しようと決めた。
昨日、お寺の行事に参加したときにもちらっと考えていたことだった。自分は執着心が強い。仏教だとか禅だとか、そういう尊い形而上学的な次元ではなく、これまで当たり前だと自分で受け入れていた「常識」を本来の自分の目で見直して、改めるべきことは改めたいと。
この1年の世俗的な目標は一応あるのだけれど、もっと大事なことは真の意味での自己満足だ。歪んだ資本主義のエートス(@マックス・ウェーバー)なんてくそくらえ。幼稚な大統領を頂くアメリカのピューリタニズムと訣別するのに、今年はいい機会だ。学生時代によく使っていた「反帝反スタ」を心の拠り所の一つにしたい。
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