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2017年11月19日09:12

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ゴッホの講演会

両側を《ひまわり》に囲まれた《ルーラン夫人》を想像して
めまいがしました。

ボストン美術館の至宝展
＠神戸市立博物館

記念講演会を聴きました。
「ファン・ゴッホによるルーラン夫妻の肖像画について」
大橋菜都子（東京都美術館学芸員）
図録にも解説文を書いているかたです。

今回の展覧会の目玉のひとつにもなっている　ゴッホの
・《郵便配達人ジョセフ・ルーラン》
　　1888年　81.3ｘ65.4　ロバート・トリート・ベイン２世寄贈
・《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》
　　1889年　92.7x72.7　ジョン・テイラー・スポルディング遺贈

◆はじめに
会場では２つの作品が並べて展示されていますが
対(つい)作品ではありません。大きさも夫人像の方が少し大きい。
描かれたのは1988年と1989年、と近いですが
その間にはアルルでのゴーギャンとの共同生活と破綻があり
表現の変化もわかります。
ゴッホは寝室やひまわりも繰り返し描いていますが
肖像で繰り返し描かれているのは夫妻の像だけ。
ジョゼフの肖像は６点、オーギュスティーヌの肖像は５点あります。
しかし２点がそろっている美術館はボストンとクレラーミュラーのみ。

◆本展覧会について

ボストン美術館は18790年設立、1876年開館。
百科事典的に幅広い収蔵作品をほこりますが、特徴は形成に公的資金の
援助がないこと。
よって今回はキャプションで各ジャンルのコレクターの紹介も兼ねています。

また、本展覧会は2013年から、都美・神戸市博・名古屋ボストンの各
巡回先のスタッフがかかわって８０余点を選びました。

私（髙橋さん）はフランス・アメリカの担当でしたので
ゴッホ以外の名品についても軽くふれておきます。

・コプリー《ジョン・エイモリー》《ジョン・エイモリー夫人》
肖像画の名手。日本のいまの知名度からは考えられないほど高評価の画家。
独立戦争前夜の時代の作品で植民地アメリカの英国への憧れがみてとれる。

・サージェント《フィスク・ウォレン夫人と娘レイチェル》
ふたりの独特なポーズは背景の聖母子と共通。
イサベラ・ガードナー邸のゴシックルームで描かれ、そのときの写真も
残っている。
サージェントはボストン美術館の天井画もてがけている実力派ですが
モデルとのやりとりが上手かったことも人気の秘密のひとつ。

・エイキンズ《クイナ猟への出発》
日本では紹介されることが少ないかもしれないが解剖学や数学にもたけた画家。
よって本作でも、水平線が画面のジャスト中央であったり
対角線の左半分に舟が描かれ、マストの傾きも対角線と平行だったりと
彼らしさがみられます。

・モネ《ルーアン大聖堂》《睡蓮》
クロード・モネは４作品がきています。
印象派絵画はボストンでもハイライトのひとつ。
ボストン美術館の設立・1870年と開館・1876年の間、
1874年には第一回印象派展が開かれています。
このころ経済的に力を得たアメリカ市民が欧州へわたり、
バルビゾン派とならんで、まだそれほど高価でなかった印象派絵画を買いました。
睡蓮はお馴染みの題材ですが、今作の制作年は1905年、このころから周囲の風景が画面から消え、
かわりに空をうつす水面が描かれるようになりました。

・ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》
未完成の作品ゆえの斬新さがあります。
6000点の浮世絵コレクションで名高いスポルディングの遺贈。
彼は1920年からフランス近代絵画を収集し、静物も21点ありました。うち5点がきています。
好きだったセザンヌ《卓上の果物と水差し》を常に身近においていたといいます。

・ルノワール《陶製ポットに生けられた花》
印象派っぽくない初期作品。
なんとゲッティ美術館のモネ《花と果物のある静物》と
全く同じモチーフ。一緒に並んで描いていたんだとわかります。

さてゴッホ。

◆２点のゴッホの位置づけ

ゴッホ略年譜～省略

◆ジョセフの肖像

ゴッホは日本に憧れて南フランスに行きました。
どこが日本？と思うアルル。知人もいない彼を支えてくれたのが
ルーラン夫妻でした。

ジョセフ、妻のオーギュスティーヌ、アルマン、カミーユ、マルセル。
一家の人々の絵画は２０点もあります。

黄色上衣を着たアルマンの肖像をみると、
いま公開中の映画《ゴッホ・最期の手紙》が思い出されます。

地図。
ゴッホの黄色い家と夫妻の家は駅をはさんだご近所です。
ジョセフは実際にテオの手紙をゴッホに届けていたわけではありません。

ゴッホの手紙を引用しながらお話は進みます。
ルーランは「年長の軍人が年下の男に接するような寡黙な厳しさと
愛情を注いでくれる」
「（博識を示す広い額、立派のひげが）ソクラテスに似ている」。
ジョセフを描いた６点のうち、モデルを前にして描いたのは２点。
そのうち唯一の半身像が今回来ています。
作品は次第に抽象化していきますが、これはゴーギャンの影響といえるでしょう。

◆オーギュスティーヌの肖像

装飾的な背景、濃く太い輪郭線、緑の瞳、２つの指輪、色彩豊かなロープが特徴的。
画面に「ラ・ベルスーズ」という文字が見えるため「揺りかご」と呼ばれます。

赤と緑が目立ちます。
「安物の多色刷り版画」「粗野でけばけばしさすら感じさせる」作品という意図に沿ったもの。ちなみにそれは浮世絵の影響。
パリ・ビングの店で1万枚もの浮世絵と出会ったゴッホは模写のみならず自身も収集していました。
ただし安価な明治期のものですが。

さて、《ルーラン夫人》。

よく似たものが短期間に5点作られました。
このうち現在メトロポリタン美術館に収蔵されたものだけにサインが入っています。ゆえにそれだけが最初に描かれたものでないとわかりますが、そのほかの制作順は不明です。

ゴッホの手紙によりますと

１８８８年12月　１点目に着手
(12.23　耳切り事件
1889年　退院)
1.21　制作再開
1.28　２点完成
1.30　３点目に着手
2.3　４点目に着手
3.29　５点目制作中

なぜこれほど何作もおなじものを描いたのでしょうか。
手紙には「ゴーギャンが１点ほしいというのならあげてもいい。でもこれはいい作品なので代わりにゴーギャンのいいものをもらってほしい」
「夫人は目が肥えているのでいちばんいいものを選んだ」という記述もでてきます。
つまり、自信作であり、複数のひとにあげるためにも複数作品をつくる必要があったのです。

ゴーギャンに贈ればそれはデンマークに送られる可能性がありましたがそうした作品の拡散にも積極的だったようです。

絵を描くことは「深い傷を負った心を慰めるような芸術を生み出すこと」
「大海の真ん中で陸地に残した女性を想う、そんなときに思い浮かぶような肖像」という言葉も見られます。

１月の
「…ひまわりの間においた。２点のひまわりを左右に並べると三幅対になる」という言葉にならって両側に《ひまわり》を、中央に《ルーラン夫人》を配した画像がスクリーンに映されました。
３点を実際に並べるような贅沢なことは今やできないでしょうが、なるほど宗教的な感じです。
ゴッホはこのように人になぐさめとなる芸術として考えたのでしょう。

ゴッホのひまわり。
ゴーギャンには《ひまわりを描くフィンセント・ファン・ゴッホ》という作品があります。
制作年は1888年の12月ですから、実際の情景を見て描かれたものではありませんが。
そして８点の《ひまわり》。

ルーラン夫妻が繰り返し描かれた目的。
それは
(１)肖像画への情熱
(２)色彩や構図の実験
(３)自信作であり複数の人へ贈る
(４)人のなぐさめとなる芸術の実現
でした。

そして繰り返し描かれることで、作品は「ある個人の肖像」から
「普遍的な意味をもつ作品」へと昇華されたのです。

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展覧会は2018年2月4日まで。
2月18日から名古屋ボストン美術館に巡回。
http://boston2017-18.jp/

構成は
Ⅰ異国を旅したボストニアンたち　
１古代エジプト美術　
２中国美術　
３日本美術
Ⅱグランド・ツアー～ヨーロッパ美術を集めたボストニアンたち　
４フランス絵画
Ⅲアメリカン・ドリーム　
５アメリカ絵画
Ⅳ同時代の美術へ～未来に向かう美術館　
６版画・写真　
７現代美術

ジョージア・オキーフの《グレーの上のカラーリリー》よかった。

英一蝶《涅槃図》が170年ぶりの解体修理を経て初の里帰りとなったのも話題です。