ちゃんと読んでもいない本の感想を述べるのはマナー違反なのだが、世の中には絶対に読む気のしない本というのがあるものだ。
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」著：増田俊也
という本がそうだ。立ち読み数分間で買う気を失くした。なんだ、この安っぽくて挑発的なタイトルは。
木村がその気になったら、力道山なんか簡単に殺せたーーと言いたいのか。よくそんな無責任なことが言えるな。格闘家の実力判定はただでさえ難しい。半世紀も前に亡くなった二人のどちらが強かったかなんて、誰にもわからない。永久の謎だ。
作者は1965年生まれだ。二人の戦いを一度も見ていない。後付け資料と妄想だけでデッチ上げたのだ。あまりにもアンフェアである。全日本選手権十年連続優勝の木村は、そりゃあ強かったのだろう。それは認めよう。でも、力道山だって荒稽古で知られた二所ノ関部屋の関脇だぞ。国籍差別のため関脇どまりだったが、実力はもっと上という話もある。弱いわけがないだろ。
私は1955年生まれだ。力道山の勇姿を白黒テレビで見たことがある。すでに全盛期は過ぎていたが、華やかさとかっこよさは今も覚えている。プロレスラーとしての成功という点では、木村は力道山の足元にも及ばない。力道山の人気のすさまじさは、今ではとても信じてもらえないだろう。
「天皇陛下の次に有名な『日本人』」「外国からの手紙は日本・東京・力道山と書けば届いた」
など、仰天のエピソードはいくらでもある。まあどこまで真実かは、わからないけど。
敗戦後の日本人を支えた英雄を貶める本が、今頃になって出版されるとは。日本スポーツ界最大の英雄が在日朝鮮人だったというのは、なんとも皮肉で興味深い。私は大衆エンタメ史において特記すべき事実だと思う。著者はそのことが気に食わなかったのか。「弱くて卑怯な朝鮮人、強いのに誠実で損をする日本人」という吐き気を催すような陳腐な差別思想を広めたかったのか。
なにより情けないのは、本書が絶賛されていること。あのなあ、何十年も昔のことを見てきたように書く奴をなぜ丸ごと信用するんだ。疑問を持てよ。恥ずかしいことに漫画家の板垣恵介が本書の内容を鵜呑みにした漫画を描いている。一般人が騙されるのも無理はないのか。
なんか「日本人はエライ・スゴイ」という本が流行ってるねえ。自信も誇りも地の底まで落っこちたので、自画自賛しないと生きていけないのか。精神的自慰もたまにはいいが、耽溺すると有害ですよ。
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