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2016年07月01日00:59

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「主権者面した無頼漢ども」――一八四八年のショーペンハウアー

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「――一八四八年のショーペンハウアー、これはなかなかの見ものだ、神々の洪笑にみちた見ものだ! 「ならず者どもは」と、かれは、フラウエンシュテットにあてて書いている。「わが家のすぐまえまで立っていて、ファールガッセ通りに陣どっている軍隊めがけて射撃しています。これを迎え射つ軍隊の銃声が、家をゆるがせます。突然、鍵をかけてあるわたしの部屋のまえで人声がし、どんどんと叩く音がしました。主権者面した無頼漢どもだな、とおもって、わたしはドアに突っかい棒をしました……」が、それはオーストリアの兵隊たちだったので、かれは急いでドアを開け、「この親愛なる友人たち」がかれの部屋の窓から「主権者たちを射撃」できるようにと室内へ入れてやる。そして、隣家の二階から「バリケードのうしろにいる賤民ども」の様子を偵察している将校のところに、すぐさま自分の「大きなオペラ・グラス」をとどけさせる……。いや、オペラ・グラスだけではまだ不十分だった! 四年後に、かれは公証人をまえにして――だれを自分の財産の一般相続人に定めただろうか。「一八四八年および一八四九年にドイツにおける法秩序の維持と再建とのために暴徒や叛徒と戦ったさい負傷したプロイセンの兵士、ならびにその戦闘において戦死した兵士の遺族を援助するためにベルリーンに設立された基金」を一般相続人に指定したのだ。――俗物なのか。トルストイは、かれを「あらゆる人間のなかで最も天才な人間」とよんでいるではないか! この哲学者の遺言には、かれがそれにすがって生涯をすごしてきた杖、かれの精神的存在の支柱であった杖ともいうべきかれの市民的財産を秩序のための戦士に遺贈するという、この示威的で、すさまじいまでに嘲笑的な遺言には――そこには、いってみれば、自由主義にたいする反抗が、挑戦が表明されている。それは、俗物根性と見違えられることを怖れても怕がってもいないという理由からだけでも、すでに俗物性と混同される気づかいはない。たんに自由主義と革命とにたいする挑戦、嘲笑、否定であるばかりでなく、政治そのものにたいする挑戦であり、嘲笑、否定である。反政治的な、すくなくとも超政治的な気質、これこそドイツ的である」(トーマス・マン『非政治的人間の考察』)
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