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2016年04月18日12:57

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芥川龍之介の世代

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対米戦の戦記を読んでいると必ず出てくる海軍参謀の草鹿龍之介。真珠湾奇襲、ミッドウェー海戦と、対米戦の転機となる戦いに軒並み参加、さらに戦争末期には、戦艦大和の特攻出撃の決定においても大きな役割を果たしたと言われる。

「龍之介」という名前が気になって生年を調べたところ、1892年生まれで、芥川龍之介と同年生まれになる。1892年の干支は辰年なので、この年に生まれた男性で「龍之介」と名付けられた人は草鹿や芥川の他にも少なからずいたことと思われる。

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ちなみに「特攻の生みの親」と言われる大西瀧治郎の生年は1891年。早生まれの芥川は学年では大西と同級になる。対米戦を参謀クラスで指導した将校の多くが芥川とほぼ同世代なのである。
芥川が自殺の理由に挙げていた「ぼんやりした不安」とは、自分の世代がやがて日本史上において担わなければならない暗い役割への予感だったのかもしれない。

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