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2016年01月30日14:45

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フォルムの実際 ブグロー編 基礎訓練

フォルムの実際 ブグロー編 基礎訓練
 日本の西洋絵画のルーツは19世紀のフランスアカデミック絵画であって、その先生格にあたるのがブグローになる。黒田清輝達がフランスに留学し、当時の美術教育を学び日本の大学教育に取り入れられた。日本の西洋絵画の基礎教育はフランスのアカデミック絵画に準じている。だが、日本では、石膏デッサンは盛んに取り入れられたのだが、人体デッサンの基礎的な訓練が絶対的に不足する問題が生じた。美術系大学の入学試験に石膏デッサンが課題として出されていたのが原因の一つだった。石膏デッサンは、美術系大学入試の定番の課題となっていた。だが、本当に取り組むべきなのは、石膏デッサンではなく、人体デッサンなのだが、それが、疎かになる傾向が長く続いたのだ。石膏デッサンには精通しているが、人体デッサンは未熟と言うような困った現象も起きていた。人体デッサンの基礎は、19世紀のアカデミック教育では、しっかり教えられているのだが、日本では、フランスのアカデミック教育のようにはいかなかった。人体デッサンの基礎描写法を学んだ経験のある日本人が、どれ程いるだろうか。フランスのアカデミック教育で教材として使われていたのが、Bargue Drawings だ。海外では、今でも基礎訓練として学ばれている定番のカリキュラムなのだが、日本では、知っている人すら少ないかも知れない。初期の人体デッサンの描き方が手本で示されている。その教本で重視されているのが、比率だ。フォルムは、ポリゴンのようで、直線的にカクカクとしていて細部の描写は省略されて描かれており、調子も入れられていない。ただ、西洋人と日本人では、体型も違い、身体の各部の比率も変わってくるので、日本人用に新たに比率を学ぶ必要もある。人体デッサンの最初にするべき作業が比率の計測なのだ。デッサンは上手く描く必要がない、と言うのは、その時々の課題を重視するべきであって、デッサンとして上手く描く事を目的にしていない、と言う意味だ。カクカクとしたポリゴンのようなデッサンも描く必要がある訳で、それを面取り、と言っている。もちろん面取りはデッサンの完成系ではなく、デッサンを学ぶ過程での描写になる。可愛く描こうとしない、綺麗に描こうとしない、常に造形的にモデルを捉えて、造形的に描写する。これがデッサンでは大事。
 画像は、Bargue のお手本。ネットでは、Bargueのお手本の模写が沢山出てくるが、ほとんどが海外のホームページだ。初めて人体デッサンをする人にとっては、この簡略化されたお手本を模写するだけでも大変だろうと思う。単に模写するのが目的ではなく、腕の太さと長さの比率、顔の横幅、高さの比率、顔と身体の比率等、基本的なフォルムと比率をしっかり頭に入れていくことが重要。太ももの太さとふくらはぎの太さの違いや、二の腕の太さと前腕から手首の太さの違い、肘の部分と手首の形状の違い等、簡略化されてはいるが、しっかりと、抑えるべきポイントは描かれている。漫画等では、この程度の簡略化されたデッサンで十分ではないか、と思える。非常に重要な訓練であって、本格的な人体デッサンに入る前に、このような簡略化されたデッサンで基本的な人体のフォルムを学んでいく。クロッキーは、ただ、感覚だけで線を走らせるのではなく、このように描いた方が、力が付く。重要なのは、意識をするという事だ。簡略化されてはいるが、実は膨大な情報がこのデッサンには含まれていて、その情報をすくい取る事でデッサンへの理解が深まっていく。
 普通は、いきなり人体デッサンを行わず、それまでに、静物デッサンや石膏デッサン等を十分におこない、ある程度の能力が付いてから人体デッサンに移行する事になる。それでも、人体デッサンの難しさは、石膏デッサンの比ではなく、かなり苦戦する事になるだろう。全身を描く事になるのだが、モデルの大きさもあって、全体を捉えるのが難しい。顔の比率が大きくなる事が多く、手足が小さくなり、漫画のキャラのような体型のデッサンを描く人もいる。モデルを観察して描く、と言うよりは、頭に刷り込まれた情報でデッサンを描いてしまうのだ。そこで、先生にモデルを良く見るようにと指導される。
 西洋絵画の基本的な人体デッサンでは、描き始めは、曲線をあまり使わない。直線でカクカクと形を取っていく。この最初の線は、描き進むにつれて消えていく。感覚で描くのではなく、しっかりと比率を計測する。比率の計測は、誰にもできる訳で、ここで手を抜くか抜かないかで、後の成長に大きく影響する。どうしても、感覚だけで描く人もいて、そのような人は、西洋絵画から離れていく傾向にある。西洋絵画には向かないタイプだ。どうしても基礎訓練が苦手だ、と言う人もいるので、そう言う人は、別のジャンルに進んだ方が上手くいく場合が多い。漫画やアニメ、イラスト等は、かなりデフォルメを行うので、しっかりとした比率やリアルな描写は、かえって邪魔になる場合もあるだろう。進む方向性によって、アカデミックなデッサンを早めに卒業するのも間違いではないと思う。現代アートに進みたい人も、アカデミックな基礎訓練に拘る必要はないだろう。ただ、若い頃にアカデミックな基礎訓練を十分にやっておかないと、後に、アカデミックな絵画を描く事が難しくなるので、それは覚悟しておく必要があるだろう。
 右の作品は、面取り。まさに3DCGのポリゴンのような絵だ。3DCGは、西洋絵画の描写方を元に作られているので、初期の段階では良く似た描写になる。初期の頃は、はっきりと分かる程、面をしっかりと描き、その後、面を細かく描いていく。ブグローの作品は、常に面を意識した描き方で描かれている。大きな面、そして、それを細かな面に細分化し、最後に、滑らかな曲面になるように仕上げていく。どこまで、面を細部まで意識できるかが重要で、このような捉え方、描き方が西洋絵画独特の描法になる。日本絵画のような伸びやかな線を自在に描く、と言うような描法は行わなかった。19世紀のフランスアカデミック絵画は、西洋絵画の原理主義のような側面もあって、王道ではあるのだが、やや頑固に過ぎるきらいもある。それまでの古典絵画は、もっと伸びやかで自由でもあったのだ。19世紀のアカデミック絵画は、あくまでも西洋絵画の基礎として捉えた方が良いだろうと思える。絵画は自由でいい、と言うのは正しいと思う。













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