mixiユーザー(id:6486105)

2015年12月07日21:07

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気落ちしたメールとうれしい電話。

 夕方、一通のメールを読んで心を痛めた。いや、途中で文章が頭に入らない。
 以前から糖尿病を患っていたが足裏から菌が入って壊疽となり手術をした、という内容だった。どれくらいの手術だったのか文面からはわからない。1カ月半ほど加療を要するとも書かれていた。すぐさま見舞う気持ちを綴って返信をしたのだが、胸の動悸はしばらくの間収まらなかった。
 ちょっと考え込んでいたところで、スマホに着信があった。昔につきあいがあったフリーライターからで、この秋突然、彼から呼び出されてランチをした男だ。気まぐれでずぼらでどうしようもないライターであっても私は自分の「文法」を変えるつもりはない。どうしたの? と普通の対応をする(笑)。
 ランチをしている間、年上相手に「もう少し真面目に取材したり書いたりしたほうがいいよ」などと訳知り顔でアドバイスをしたのだが、その彼から「言われてやる気が出て来ました。タイへ取材旅行に行き、収穫多い旅となりました」という内容だった。で、もう一回会ってくれ、と言われたので、今週(気が進まないものの)会う約束をした。暗い気分だったこともあって、いいタイミングで弾んだダメ男の声を聞けてよかったと思えた。いまの私に出来ることは励ましくらいしかないかもしれないが、そのダメさ加減に怯むことなく厳しくも愛情ある声援を送りたい。
 システム手帳のスケジュールリフィルに彼と会う時間と場所をメモしたあと、手帳に挾んだ新聞掲載コラムを読み返した。4日前の朝刊(12月3日)、福岡伸一さんの寄稿。
 横浜のみなとみらい駅構内にある碑文についてだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「生命の惜しみない利他生」

 横浜のみなとみらい駅で降りて、長いエスカレーターを昇っていく。すると黒い大きな壁一面に端正な碑文が刻まれている。独語の詩とその和訳。これはいったい何だろう。
 「樹木は、この溢(あふ)れんばかりの過剰を 使うことも、享受することもなく自然に還(かえ)す」とある。過剰。はっとする。そのとおりだ。もしログイン前の続き植物が、利己的に振る舞い、自分の生存に必要最低限の光合成しか行わなかったら、われら地球の生命にこうした多様性は生まれ得なかった。
 碑文はこう続く。「動物はこの溢れる養分を、自由で 嬉々(きき)とした自らの運動に使用する」。これは18世紀のドイツの詩人フリードリッヒ・フォン・シラーの言葉。
 一次生産者としての植物が、太陽のエネルギーを過剰なまでに固定し、惜しみなく虫や鳥に与え、水と土を豊かにしてくれたからこそ今の私たちがある。生命の循環の核心をここまで過不足なく捉えた言葉を私は知らない。生命は利己的ではなく、本質的に利他的なのだ。その利他性を絶えず他の生命に手渡すことで、私たちは地球の上に共存している。動的平衡とは、この営みを指す言葉である。
 この壁面自体は、シラーの言葉を引用した米国の現代アート作家ジョセフ・コスースの作品。ほとんどの人が目もくれず急ぎ足で通り過ぎるなか、しばしこのモノリスを前に言葉のない祈りを祈った。(生物学者)
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 もうしばらく手帳に挾んでおこう。
 人間は利己的存在ではない。なぜなら……に続く回答がこのコラムで科学的に示されている。仏教では教えとして利他主義が唱えられ、マルクス主義では理念として利他主義が提示されている。エネルギーや生命が溢れる地球を基軸の推論か、と不意を突かれ、このようなコラムと出会えたのは幸運だと思う。
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