30日、ハイヒールのはてな?は、日本の終戦、名も無き男達の真実。日本での歴史教育では、近現代史にはあまり力を入れられていない。そのために、日本がアメリカと戦争をしていた事すら知らない学生がいたりするのだそうだ。実際、第二次世界大戦の状況は非常に複雑で、理解するのにはかなりの知識と時間が必要になってしまう。番組では、ソ連の参戦が語られるのだが、当時、日本とソ連の間には日ソ中立条約があって、お互い戦争はしない約束だった。これを軍部も信じていて、日本とアメリカの戦争終結の仲介役としてソ連をあてにしていた。これが、軍部の大きな見込み違いとなる。ソ連は、日本がポツダム宣言を受け入れる直前に日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に対して宣戦布告してきた。さかのぼる事、数ヶ月前。クリミア半島のヤルタで、アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチル、ソ連のスターリンが会談し、どうやって戦争を終わらせるのか、戦後の秩序をどうたもつのか話し合われていた。と言えば聞こえは良いが、3ヶ国の利害の調整だ。このヤルタ会談で、当事者を抜きにして、他国の領土をどう分割するかが話し合われたのだ。そこで、主な議題となったのが、ポーランドとドイツ、そして日本だった。どうしてポーランドが議題に上がるのか不思議に思うかも知れないが、実は、ポーランドの悲劇が、日本の運命、そして、戦後の世界の運命を決めていく事になる。ポーランドはドイツとソ連が取り合いをしていた。この時、ソ連は、非常に残酷な仕打ちをポーランドに行なう。ポーランドはナチスドイツに占領されていたのだが、ソ連がお膳立てをした反ナチス蜂起が起こる。ソ連がドイツとの戦闘に参加する事で、ポーランドはナチスから解放されるとポーランド人は信じていた。だが、実際には、ソ連は、ポーランドに手を出さずポーランド人を見殺しにする。反ナチス蜂起は、ナチスドイツによって鎮圧されてしまった。どうして、ソ連はポーランドを支援しなかったのか、その真意は後に分かる事になる。ポーランドは、アメリカ、イギリスが支援する西側の政権とソ連によって作り出される社会主義政権とに分裂する。その時ソ連は、西側の政権を叩くためにナチスドイツを利用したのだ。ソ連は、ポーランドを支援するどころか、大量のポーランド人捕虜を虐殺していた。ソ連のポーランドへの残酷な仕打ちは、ポーランドを社会主義国家にするための策略だったのだ。ソ連の敵は、すでにドイツではなく西側諸国になっていた。その後、ポーランドは社会主義国家となり、ソ連率いる東側に引き込まれていく。日本とポーランドの関係は比較的良好で、対立関係にはなかった。日本とドイツとは同盟関係にあったのだが、日本はドイツのやり方に対しては、批判的な所もあり、ナチスによるユダヤ人虐殺に関しても日本は反対の立場を取っていた。そのため、実際に、多くのユダヤ人達を日本は救う事になる。そういったドイツとは対立する行動が、ポーランドとの関係を密にする要因にもなったのだろう。このヤルタ会談での密約が、日本のスパイに漏れる事になる。そのスパイとは、小野寺信だった。ソ連は、ドイツ敗戦後、90日をおいて、日ソ中立条約を一方的に破棄し、日本に宣戦布告する。この極めて重要な情報を小野寺信は手にする。その情報を渡したのがポーランド人だと言われている。直ぐに、日本にその事実を知らせるのだが、軍部は、この情報を信じなかった。ソ連が日ソ中立条約を破棄するはずがないと断定。アメリカ、イギリス、ソ連がヤルタで会談を持つ意味すら分かってはいなかったのだ。ヤルタ会談では、朝鮮半島の扱いや台湾、満州、そして日本に関する運命が、3名の人間によって秘密裏に決められていく。北方領土をソ連が支配する事もこの時に決められた。また、このヤルタ会談は、利害の調整と同時に、対立の鮮明化にもなった。アメリカとソ連との対立、西側諸国と東側諸国の冷戦の始まりだ。国連に拒否権を導入し、骨抜きにしたのもこの会談での密約が切っ掛けだと言われている。後に、アメリカは、ルーズベルトがかってに決めた事だ、とヤルタ会談を否定する。実際、密約なので、公的な条約ではないのだが、戦後の世界の仕組みを大きく決めたのはこのヤルタ密約だった。戦後の朝鮮戦争や、ソ連のヨーロッパ侵攻、現代のクリミア問題等、冷戦時の国連での拒否権乱発による国連の機能麻痺等、多くの問題の原点とも言える。戦後起こった戦争や、歴史を考える上で、このヤルタ会談は重要なキーとなる。アメリカとイギリス、ソ連が集まって、何を話し合われて、何をしようとしていたのか、白日の下に暴く必要があるだろう。
ログインしてコメントを確認・投稿する