朝のテレビ小説「まれ」を見ていて、絶対言ってはならぬ禁句を聞いた。
「ほんとうに面倒くさいね〜」
ヒロインが郷里で輪島塗の修行に励む唯一無二な幼馴染みとようやく男と女として交際することになった。真面目一徹の彼がまれに「お互い修行に励んで2年半が経ったらきちんとつきあおう」と提案し、そんな彼に呆れて面倒くさいとつぶやいたのだった。
これまで79回見ていて、ドラマのためにドラマを重ねて連続物とする、というあざといほどの凡庸さに辛抱強くつきあってきたのだが、主人公も輪島塗クンもピュアと喩えたいひたむきさがあったから、見続けるのが面倒くさいと思わぬよう自戒した。だから本人自らが「面倒くさい」と言った瞬間、「なしたんけ? ちょっと待つま。まれも輪島塗りクンも出て来るどいつもこいつもが面倒くさいかもしれんわいね」と反論が次から次へと思い浮かび、不快になったのだった。
「邪魔くさい」が口癖の同僚が同じ編集部にいて、そいつは反面教師として大いに役立った。私は基本的にダメな人間が好きなのにもかかわらず、その男が「邪魔くさい」という言葉を発するたび、「それでは私、面倒事を引き受けよう」「ゲラは自宅に持ち帰ってでも真面目に読もう」「掛けたくない電話だからこそ掛けよう」「現場まで足を運ぼう」などと、自分に注意喚起を促した。それでなくとも、生きることが面倒だと高校の頃から逃避性向にあったので、生活や仕事のルーティンで面倒くさいと思い始めたら、際限なく堕ちていく。それはそれで別にいいと思うのだが、自分自身に対する侮蔑が増していくのもいたたまれない。
土曜日は終日自宅、日曜日はようやくラズリの散歩に出たがほぼ自宅に蟄居。引きこもって静養するのも大事だが、今日はリハビリを兼ねて大船へ買い物がてらクルマを運転することにした。鎌倉街道は昨年あたりから平日でも大渋滞で運転といったって自転車並みにしか走れない。だから不注意による事故も起こさないだろう。
シャツ1枚、ポロシャツ1枚を買った。
ブックオフへ行って本も買い込みたかったが、今日、Amazonから小説が2冊届くはずだから自重。
片道30分強、買い物は1時間。これくらいで、結構くたびれた。引きこもると、途端に体力が落ちてしまう。鎮痛剤を服んでいる限り、のたうちまわるほどの痛みはもう生じない。明後日からはブックフェアがあるので、なんとしてでも行きたい。明日は長時間でラズリの散歩かな。
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