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2015年05月26日21:21

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中原中也 愛と孤独(於鎌倉)

 眠る前は毎晩のようにMacBookかiPadでYouTubeにアクセスする。昨夜は「あなたへのおすすめ」に従ってクリックしてみたら、かれこれ半年近く前に見て心が躍った「通りがかり美女」の別バージョン動画が偶然にピックアップされていて、説明文には彼女の名前が記載されていた。数分間のライブ映像を見終わると、YouTube動画を見るのをいったん止めて、彼女の名前で検索をしてみた。ストーカー行為の発端はこういう些細なネット検索から始まるのだろう。
 なるほど。ってなにがなるほどだ(笑)。彼女は昼間、サーターアンダギーとコーヒー・紅茶などをサーブするカフェにいて、ときどきライブもするらしい。那覇までうちからかなり遠いのが至極残念だ。



 方言を聞くと、意味を掴もうとする意識が強まって、普段より言葉を丁寧に聞き取る。ましてや琉球語となると、日本語と全くリンクしない言葉が多々あるために、幼児が大人の話を聞くような姿勢に近づいて、私のようなぼんやり頭でも集中力が強まるものだ。琉球語の場合は時に感情の箍が外れて、泣き出したくなることもある。学生時代に沖縄ロックが相次いで本土に上陸し、その頃もいまと同様、好意を以て受け容れるこころの準備が常にあった。自分でもなぜ惹かれるのかわからない。

 今日は午後イチ、近所のホールで開催される朗読劇『中原中也 愛と孤独』を見に行った。朗読者の幸田弘子さんはこんな演者だ。

昭和7年8月29日東京都生まれ。昭和28年東京放送劇団にはいる。51年テレビ小説「雲のじゅうたん」に準主役で出演。のち舞台での朗読をはじめ、60年樋口一葉の「十三夜」「大つごもり」などで芸術選奨。「源氏物語」の朗読など次々と古今東西の名著・名詩の朗読を続け、日経新聞で「朗読家ナンバーワン」に選出。平成3年国語審議会委員。芸術祭優秀賞を3度、紫綬褒章と旭日小綬章を授賞。
 
 中也は晩年の8カ月を鎌倉で過ごした。
 その縁もあって、鎌倉生涯学習センター(旧中央公民館)の地下ホールで演じられたのだろうが、旧鎌倉地区にはまともなホールが一つとてない。
 幸田さんが中也の詩を朗読する。他に芝居ではト書きにあたる説明文を物語屋さん(中川哲雄)が語り、福島明佳さんのフルート演奏でドラマ仕立ての情景を音で演出するという構成になっていた。
 いちばん最初の朗読された詩はよく知られた「生い立ちの歌」だった。

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    幼 年 時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました

    少 年 時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のようでありました

    十七〜十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のように散りました

    二十〜二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思われた

    二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪(ふぶき)とみえました

    二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……

   ��

私の上に降る雪は
花びらのように降ってきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍(こお)るみ空の黝(くろ)む頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸(さしの)べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額(ひたい)に落ちもくる
涙のようでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生(ながいき)したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔(ていけつ)でありました

 旋律にフォルテやピアニッシモがあるように、幸田さんの朗読は感情の強弱がある。のみならず、目線や顎の上げ下げ、体から絞り出す声や迸る声という発声も言葉(の解釈に)よって変えられるので、まるで一人舞台を見ているような錯覚に観客たちは陥る。
「生い立ちの歌」の朗読が終わったら照明が物語屋さんに移り、「詩人中原中也が最晩年、ここ鎌倉の街で暮らしていたことは、ご存知のかたも多いかと思います。千葉での療養生活から一点、鎌倉の寿福寺境内に引っ越してきた中也は、わずか八カ月ほどの残りの短い人生を、この歴史の街とともに生きたのでした」と中也の生涯を手短く的確に説明する。彼もまた、第一級の語り部だった。声がいいだけでなく、朗読で絶対的に必要な解釈力と表現力にすぐれた演者だ。舞台が終わったあとの「役者一堂のお見送り」の際、私はつい声を掛けてしまったほどだった。
「帽子を被ったうつむき加減のあなたが徐々に顔を上げて宙に目を向けたとき、中原中也かと思いました。えーと、『狂気の手紙』を書いている中也を演じていた時です」
 とにかく幸田さんの朗読も物語屋さんの説明も、芝居以上の芝居としか言い様がない迫力があった。
 朗読劇が終わって、即売されていた幸田さんの著書を買ったところでようやく気が鎮まった。
 うちの隣にあるお堂は中原中也が訪れ、堂内では詩の会が開かれた。それを購入直後に知り、慌てて中也の詩集を買って予習だか復習だかわからない勉強をしたのが、20年前のことだった。なんだか私、とおるさんのごたぁインチキ臭ぁわいね(能登弁)。
 朗読は人間力が問われる。
 幸田さんの本を読んだからと言って、人間力が向上するわけではないので私が朗読に挑戦することはまずこれからもないだろうが、今日を境にときどきは詩を音読してみよう。
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