10月30日金曜日、曇。
今日は午後4時に歯医者の予約が入っている。早く治療が終わってくれないか、と願うばかりだ。午前中、前歯の被せを保険適用でやるのか、自由診療のセラミックかジルコニアでやるのか、延々と調べていた。
が、ここまでの計3回、いっこうに訊かれない。同じ町内にある歯科医院で、医師とは当然のことながらしばしばすれ違う関係ゆえ、私としては医師の治療方針に従うだけ、というスタンスを固めた。
今日も訊かれなかった。ということは保険治療なんだろうか。裏側が金属になっちゃうとイヤだな、という忌避感があるものの、残りの人生はあと4年だという気分ゆえ、なるようになれ。
歯科通いだけだと歩数が千歩程度になるので、治療後に駅周辺まで歩くことにした。まずは島森書店へ。
今朝の朝日新聞は一面のトップ記事が「本の発売 大都市でも1日後」で、社会面でも大きなスペースを割いて、出版流通の基本である取次制度について解説していた。そもそも本が全国各地の書店に並べられるのは定期刊行物の雑誌があってこそで、同じトラックに乗せられることで配送費が比較的安価に設定されていた。
が、昨日だったか、サンデー毎日が来春に休刊、と報じられたように、雑誌はもはやショーバイにならなくなった。かく言う私も雑誌はKindleで片っ端から読んでいるものの、この1年、一冊も買ったことがない。芸術新潮やエンジンといった専門誌は図書館のチラ見で倹約しているし、かつては毎号買っていたMacFanは廃刊の憂き目にあっている。
大きくない書店なので、ざっと店内を回り、「地球の歩き方 釜山」に食指が動きそうになったが、さしあたり行くこともないから控えておこう、という気持ち。
書店数はかつての2万店から1万店を切った。二大取次のトーハン、日販とも、赤字転落。この先、さらなる縮小がおこるだろう。
私の世代は、誰かと待ち合わせる時、だいたいが書店集合だった。片岡義男の『ブックストアで待ち合わせ』(単行本)が当たり前だった。
横浜だと大型書店は2軒しかなかったので、大学の知人友人と出くわすことも多く、またふられた女子と偶然出会って再度付き合いが始まるというロマンチックな展開もあれば、ふたたび別れたのちにも出遭ってしまい気まずい思いをするということもあった(ウソ)。
自分としてはいい時代に生きることが出来た、としみじみ思う。
会社を午後10時頃に出て六本木で下車し、青山ブックセンターでしゃれた本を見て一冊買って、歩いて自宅に戻るという暮らしは田舎者にとってちいさな高揚感を味わえた。
書店は入場料無料の憩いの場だった。
いま、そういう場はあるのだろうか?
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