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2015年04月19日14:18

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「ぼっち君」との会食

先週、渋谷に行く用事があり、母校の学食で昼食を取ったのだけど、新学期が始まったばかりで、ひるどきの学食は学生たちで大変混雑していた。

学生たちでごった返す学食の隅の方にようやく席をみつけたのだけど、向かいに座って一人で持参の弁当を食べている眼鏡をかけた大人しそうな男子学生が、ちらちら僕の食べていたピリ辛キムチうどんに目をやってくるので、何だろうと思って彼の顔をまともに見ると、

「あ、すいません、美味しそうだったので、つい……」

と人懐っこい感じで弁解した。それがきっかけで食事をしている間少しだけその「ぼっち君」と会話をすることになった。

「何年生? 学部は?」
「二年生で、学部は史学科です」
「史学科か。僕も実は史学科の卒業生なんだよ」
「先輩ですね。社会人でも学食に来るんですね」
「まあ、安いからね。専攻はなんなの?」
「東洋史にしようと思ってます。先輩は専攻は何だったんですか?」
「僕は西洋中世史。渡辺節夫先生が指導教官だったんだけど、知ってる?」
「名前は知ってます。もう退官されたんですよね」
「そうなんだ、それは知らなかった」
「渡辺先生、どんな先生でした」
「見た目は痩せてて気難しそうだったけど、ゼミの合宿ではよくお酒を飲んでたし、結構気さくな先生だったかな。渡辺先生は、アナール学派の日本の代表的な研究者なんだよね。アナール学派って、知ってる?」
「何となくなら……。一年生のときの史学概論で阪本先生がお話しされていました。民俗学に近い学派だとか」
「阪本先生はまだ教えられてるんだね。そう、民俗学的というか、「心性史」といって、「心」に「性格」の「性」という字を併せて「心性史」というんだけど、文字史料だけにたよらず、口承文藝とか統計資料なんかもたよりにして、当時の人々の生活感情を再現しようとする学派だね。最近流行ってるピケティもアナール派の影響を受けているんだよ」
「ああ、なるほど」
「東洋史でも、やりたいことは決まってるの?」
「朝鮮史をやりたいと思ってます」
「へー、嫌韓とか流行ってるご時世に、なんでまた朝鮮史なの?」
「元々は韓流とか、ドラマの影響ですね。それで興味持って」
「そういう入り方もあるんだね。僕が学生の頃は、韓流にせよ嫌韓にせよ、そもそも半島そのものがいまほど日本で話題になってなかったな」
「そうなんですね」
「いずれにせよ、これから韓国と日本の付き合いはどんどん深まるだろうから、朝鮮史をやっておくと仕事にも役立つかもね。特に朝鮮語をしっかり勉強しておくといいよ。外国語ができると、社会に出てから色々と有利だから」

――と、相手が素直なので、調子に乗ってひとしきり先輩風を吹かせていたのだけど、ピリ辛キムチうどんを食べ終わったので、席を立つことにした。

「ありがとう、久しぶりに歴史の話が出来て楽しかったよ。がんばってね」

三島由紀夫が有名な東大全共闘との討論に赴いたのは、彼が44歳のとき。ちょうどいまの僕と同じ歳だ。スケールはまったく違うけど、40半ばにして、母校の20歳くらいの後輩と言葉を交わすというのは、なかなか感慨深いものがあった。当時の三島の、はねっ返りの後輩たちへ向けられた深い思いやりみたいなものも、何となく実感的に理解できたような気がする。ちなみに三島は全共闘との討論の最後に次のように語っている。

「言葉は言葉を呼んで、翼をもってこの部屋を飛び廻ったんです。この言霊がどっかにどんなふうに残るか知りませんが、私がその言葉を、言霊をとにかくここに残して私は去っていきます。そして私は諸君の熱情は信じます。これだけは信じます。ほかのものは一切信じないとしても、これだけは信じるということはわかっていただきたい」

この三島の言葉を剽窃させてもらえば、「韓流」だの「嫌韓」だのといったメディア上の流行は一切信じないけれども、僕はその日話した「ぼっち君」の素直さは信じたい。そして、彼のような素直さを日本の若者が失わない限り、僕は日韓の関係も楽観視していいと考えたい。
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