25日、年末になり通常番組はお休みで特番が組まれている。今までのようなテレビ天国はもう終わり、若者層は、ネットに夢中だ。1つにはテレビ番組の嘘くささにも原因があるのだろう。お約束と言われる形式的な演出は、年配者には安心感を与え、若者にはしらけをもたらす。番組制作側は、視聴率が第一で、視聴率を取りたいと言う思いが過剰な演出となっていったのだろう。それが演出の枠を超えてしまってやらせや捏造になった。大人の場合、テレビは、そんなものだ、と言う、清濁合わせて飲むと言うような、あきらめとも達観とも付かないような精神状態になる場合もあるが、若者にとっては、大人の欲が見えて胸くその悪い気分にさせられるのだろう。だまされた、と感じれば、非常に不快になる。裏返せば、テレビを信じていた、とも取れるが、そんな人に対して、テレビは、そんなものだろう、と分かったような事を言っても、胸くその悪さが増すばかりだ。では、ネットは真実ばかりなのかと言うと、これまた、嘘も多い世界でもある。悪意のある嘘から、勘違いまで、いろいろだ。ツイッターやブログの場合、下調べや検証を十分にしてから書く訳ではないので、悪意の無い嘘や、勘違い等も結構出て来てしまう。分かりやすい嘘が出てくると、それに乗ってしまう人も多くて、元ネタが間違いだった、と言う場合もある。明らかに悪意のある捏造は、よろしくないだろうが、悪意のない間違いは、ある程度許していくしかないだろうと思っている。勘違いや思い込みを直すのは本当に大変で、事実を指摘しても、なかなか納得してもらえない。人間には、異様に発達した脳があって、その脳が、現実とは別の精神世界を作り上げてしまう。テレビも画像でしかなく、編集もされており、フィクションもあり、現実に起こっている事象だけを放送している訳ではないのだが、画像の世界のお話と現実とが混ざってしまうのだ。だいたい、テレビに出ているようなタレントと知り合いでもないし普通に会話する事もない。あくまでもテレビに出ているタレントは演者になる。とはいえ、タレントは現実に存在し、生きている。大阪で活躍しているタレントや芸人は、この現実世界との関わりが深く、普通の人間として生活している。けっして雲の上の存在ではない。夢の世界を強調する東京の芸能界と関西とでは、タレントに対するかなりの認識の違いがあるだろうと思える。それが番組の作りの違いともなって現れてくる。関西の番組にやらせや捏造が無いと言うつもりはない。その辺りは東京も関西も同じだろうと思う。関西的な番組として人気のナイトスクープで初期の頃、洞窟の地下水の流れを調査する、と言う名目で、流れにバスクリンを撒いた事があった。これを放送したのだが、後でとんでもなく怒られたそうだ。今では大問題になってしまうだろうが当時は、怒られただけで済んだ。洞窟探検物は、時々放送されるが、澄んだ地下水にバスクリンを撒くなんて、考えられない事だが、ナイトスクープでそれをやってしまったのだ。それを堂々と放送して、怒られた事も放送するのが関西の番組で、その後反省して、バスクリンは2度と撒かなくなった。関西の番組でも、かなり酷い事はしている。ただ、それをタレントは、これは酷いと番組内で言うのだ。つまり、ディレクターの演出に対して演者がダメだしをする。浜ちゃんと淳のごぶごぶで浜ちゃんは、プロデューサーはもちろん局の幹部にまで直接意見をぶつけている。そのシーンを放送しているのだ。東京の番組で育ったライセンスが、ごぶごぶに登場して、ロケに参加するようになったのだが、そのやり方が東京のやり方で、ディレクターの言い成りなのだ。それが画面から見えてしまって、ごぶごぶのコンセプトと合わず初期の頃は、非常に違和感を覚えた。タレントが自分の意見を言わず、ディレクターが求めている意見を言う。これでは、嘘くさいと思われてもしかたないだろう。タレントは、ディレクターとぶつかるべきだろう。違う意見を主張すれば干す、と言う圧力をかけたりしているから番組がつまらなくなってしまうのだ。演者がディレクターと対峙する。意見を戦わせる。その場面を放送する事で、番組にリアリティが出てくるのではないか。東京の番組でも意見のやり取りを放送するようになってきている。テレビ番組の作り方や演出が変わってきていると感じる。
ログインしてコメントを確認・投稿する