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2014年12月20日23:22

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赤瀬川原平の芸術原論展@千葉市美術館

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赤瀬川原平をリアルタイムで知ったのは「超芸術トマソン」だった。その前の雑誌「ガロ」でも知っていたが、つげ義春と共に興味を持ったのはもう少しあとだったし、千円札裁判もあとで知った。
だから、私にとって赤瀬川原平はトマソンそして路上観察学会の人で、絵画、造形やパフォーマンス、インスタレーションや漫画、イラスト、文学よりも写真の人だった。

私が写真を始めたのはここ10年以内の事だから、トマソンや路上観察に直接影響を受けたわけでもないのだけれど、素地としてあったかも知れない。以前、雑誌関係の人に「あなたの写真はかわいい猫写真じゃなくて、赤瀬川原平の方なのよね」と言われた事がある。褒め過ぎなのは重々承知だけれど、嬉しかった。

街歩き、散歩をしながら、なんて事のないありふれた日常の風景の中にある気になるもの、面白いもの、変なもの、だからこそ素敵なものを見つけては切り取っていく。その風景は、街が綺麗に整備されて行くたびに「臨終風景(くろやぎ堂さんより借用)」となって過去のモノになっていくけれど、その無駄さ加減が街の隙間に残るように人の心の隙間を埋めて満たしてくれている。

ただ、そんなものに目を留めるには、卓越した観察眼がないとできない。赤瀬川原平はその観察眼がすごい。つぶさに観察した挙げ句、そこをちょっとずらして、或いは逆角度から、或いは発想を転換して、パロディにしてしまう。その事によって、その本質をつく、あるいは、意味あるものを無意味、いや「非意味」に変えてしまう。無価値なものを無価値なまま「有意思(オモシロイ)」なものに変えてしまう。その観察眼の有り様を観たくて、本展に出掛けた。

本展は、赤瀬川原平の「仕事」を年代順に作品と資料で紹介する展覧会。開催直前にご本人が急逝、奇しくも回顧展となってしまった。だから、氏の全活動を網羅している事になる。これだけまとまってみる機会はそうない。

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千葉市美術館は旧川崎銀行の重厚な建物(現在は市庁舎)の中にあった。Door to doorで2時間はたっぷりかかるが交通の便も悪くないし、何より、なかなかいい美術館だった。また機会があったら行こうと思う。

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展覧会概要は以下の通り。

http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2014/1028/1028.html

「10月28日(火)より、千葉市中央区の「千葉市美術館」にて、10月26日に亡くなった前衛芸術家・赤瀬川原平の業績を振り返る展覧会『赤瀬川原平の芸術原論 1960年代から現在まで』が開催される。
赤瀬川原平は前衛芸術家、漫画家・イラストレーター、小説家・エッセイスト、写真家など多彩な顔を持つ芸術家。1960年代から前衛美術家として活動し、千円札を印刷した作品『模型千円札』が通貨及証券模造取締法違反に問われ、「芸術か犯罪か」を巡る裁判(有罪判決が確定)が注目を集める一方、70年代からは「尾辻克彦」の名で小説を発表し、81年に芥川賞を受賞。また、用途が不明な物を表す「トマソン」、加齢に伴う物忘れを言い換えた「老人力」など、数々の新語も生み出した。
同展は、500点以上の赤瀬川の作品や資料を通じて、彼の創作人生を振り返る展覧会。「千円札裁判」の関連資料を含む60年代の前衛美術作品をはじめ、70年代の漫画やイラスト、尾辻克彦の原稿、「トマソン」が生まれた「路上観察学会」の仕事、写真家らとの「ライカ同盟」の活動など、赤瀬川の幅広い活動が一望できる。」

構成
1赤瀬川克彦のころ
2ネオ・ダダと読売アンデパンダン
3ハイレッド・センター
4千円札裁判の展開
560年代のコラボレーション
6『櫻画報』とパロディ・ジャーナリズム
7美学校という実験場
8尾辻克彦の誕生
9トマソンから路上観察へ
10ライカ同盟と中古カメラ
11縄文建築以降の活動



初期の造形やインスタレーション、パフォーマンスは形として残っていないので当時の写真や資料で紹介、千円札裁判では押収品=作品とともに、検察庁や裁判所の封筒も展示、こうなってくるとどこからどこまでが作品なのか分からなくて、この境がまさに赤瀬川の芸術なのかと思う。
 
60〜70年代の仕事を観ると、かなりきわどい事(猥褻な表現だけでなく、公共の場で許可なくこんな事やっていいの?というようなパフォーマンス等)や、今だったらパソコンもプリンタも発達しているから楽ちんで出来そうだけれど当時は手間も暇もかかっただろう馬鹿げた事をやったりして、時代背景も考え合わせてみると、まさに前衛芸術の、それも最先端だったんだなぁと感心。一方で、時代の雰囲気が今よりもっとゆるかった(混沌としていた)から出来たようにも感じた。

イラスト、漫画も文句なく上手い。器用なんだ。つげ義春の「ねじ式」のパロディ「おざ式」、ここまで行くとパロディっていえるのかな。すごい才能。社会風刺も当時を知っている私には大いに笑える。若い人にはちょっと解説が必要かな。

美学校時代のユニークな授業、学生達の作品も展示されていた。南伸坊は生徒だった。マッチラベルコレクションもいいが、私としては新聞の「尋ね人欄切り抜き帳」がツボ。私も新聞のこの欄をみてあれこれ想像を膨らませるのが好きだった。この欄がなくなったのはいつ頃からだろう。みんなが茫漠と感じる(でも通り過ぎてしまう)面白いものを具現化してしまう天才なんだな。

その点では、トマソンも路上観察も延長上。改めて作品をみたらむちゃくちゃ面白い。「物件写真」が後には質感にこだわってオフセット版画にした「芸術作品」に昇華、やっぱりアーティストだ。

出会った人、例えば対談とかで意気投合した人とすぐに「〜会」を作ってしまう。初期のハイレッド・センターもそうだけれど、いろんな人たちとの交流、今で言うコラボレーションが面白い。秋山祐徳太子、アンリ菅野と一緒にいった写生旅行では印象派風の絵も楽しそうに描いていたんだね。ライカ同盟の高梨豊氏はわが大師匠の盟友だ。ニラハウスは以前オペラシティでみた「藤森照信」展で記憶に新しい。それから、美術展鑑賞を百倍楽しめる山下裕二氏との「日本美術応援団」、もうなくなっちゃったのだと思うと無性に悲しい。でも赤瀬川原平の事だから、あの世の「観察」に余念なく、また面白い事を思いついては鬼籍に入った面白人たちとコラボしている事だろう。

長くなったので最後にひとつだけ。
千葉市美術館の冊子にあった担当学芸員の文章が面白かった。

赤瀬川原平の経歴を見ると一定の周期がある。彼は新しい分野に足を踏み入れると最初の5年は素晴らしい成果を残す、しかし、次の5年は翳りが見えて惰性で制作活動を続けているように見える。ネオ・ダダの時代しかり、漫画家の時代しかり、小説家の時代しかり、このパターンを繰り返して、新しい分野へ乗り込む。
芸術家には二通りあって、ピカソのような表現の人とデュシャンのようなアイディアの人。表現の人はひとつのアイディアから膨大な作品を生み出すが、アイディアの人はひとつのアイディアで多くの作品は作り出せず、ひとつ作品を作り出す度に次のアイディアを出さなければならないという難しい立場にある。赤瀬川は卓越した観察眼で物事を外側から見ることによって、様々な世界を渡り歩いて、より多くの視点と発想を自らの道具として蓄積して来た人である。

ざっとこんな内容。

日本人は、武骨に、不器用に、ひとつの事に打ち込み、極めるタイプの人をより好ましく思い、尊敬する傾向にあるけれど、ここまで多才な人は珍しい、ひとつの事に固執せず、楽しいものを次から次へと見つけ出せるなんてすごいよね。やはり歴史に残って欲しい人だ。

12月23日まで

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