練馬美術館は、名前も聞いた事のない作家の展覧会をよく開催する。知らないが、宣伝ポスターに惹かれて行ってみると、100発100中でよい。磯江毅しかり、グランヴィルしかり、バルビエしかり。で、今回は日本画家だ。
それでも暑いので迷っていたら、背中を押してくれたのが日曜美術館とデュエットさんのブログ。
↓
http://ameblo.jp/laladuets/entry-11334428386.html
見逃したら後悔するに難くない。クラクラ炎天下、昨日行ってきました。はたして、行ってよかったです。大変興味深かった。練馬美術館、建物はボロいくせに決して期待を裏切らないのにゃ。
「1912年広島県呉市生まれの船田玉樹は、最初は油画を学ぶために上京するが、琳派を見て感銘、日本画に転向。速水御舟、次いで小林古径に師事。その後、1938年(昭和13年)からは岩橋英遠や丸木位里らと「歴程美術協会」を結成して、シュルレアリスムや抽象主義などを積極的に取り入れ、日本画を基礎にした前衛表現を戦中まで追究、日本画のアヴァン・ギャルドとして名を馳せた。
しかし、戦後は、郷里の広島にひきこもって創作を続ける。62歳の時クモ膜下出血に倒れ右半身が不自由となる。が、右手で筆を持つことにこだわり、油彩による自画像を描く習練からやり直し、78歳で亡くなるまで、意欲的に大胆で繊細な大作を創り続ける。」
「展覧会では、晩年まで制作された多彩な作品約200点を、師の御舟や古径、位里や靉光ら畏友の画家たちの作品と併せ一挙公開し、絵を描くことが人生そのものだったこの特異な画家の全容にせまります。」
約200点の作品がほぼ年代を追って観られるのですが、前半はその年代に影響を受けた或いはともに研鑽を積んだ画家たちの作品も一緒に展示してあり、どのように影響を受け合ったかが見て取れて面白かったです。
例えば、この「紅梅(利休像)」を小林古径や安田靫彦の「紅梅」と並べて展示してあるところがさすが練馬美術館です。
この利休像、正統的な日本画と言った感じですが、「信念揺るがず」の利休その人となりを静かに強く捉えていて、玉樹の並々ならぬ力量を感じました。
また親交のあった丸木位里の作品が4点も広島から貸し出されていて、なかなか観る事の出来なかった(見たかった)丸木の作品を期せずしてみられたのも嬉しかったです。
丸木位里「雨乞い」
画像はないけれど「不動」もすばらしく、その青が印象的。
そしてその隣に展示されていたが玉樹の「夜雨」(画像なし)でした。闇の中家屋に叩き付ける横殴りの雨、丸木の「雨乞い」と同じように暗く沈んだ画面に目を凝らしてみると浮かび上がる、重々しく力強いもの。目が釘付けでした。
さらに「夜雨」の向かいの作品が「紅葉」
赤の美しい作品です、画像ではつぶれてしまっているけれどイロハ紅葉がひとつひとつ丁寧に重ねて描かれています。
赤が美しいといえば、こちらを先に紹介すべきでした。
「花の夕」
桃の花との事だけれど、玉のような花がなる樹=玉樹という意味で自画像とも解釈できる作品とか。赤に近いピンク、ショッキングピンク、白、したたるようなたらし込みで描かれた3色の花はとても瑞々しい。
対して、展覧会最後にあった「老梅」は太くごつごつした幹が画面下を力強くうねり、這い、白く可憐な花を咲かせていて、「花の夕」と対照的でした。
「花の夕」が若い玉樹なら、「老梅」は病に打ち勝った晩年の自画像なのかもしれないな、と思いました。
玉樹の作風は一言で語る事は出来ません。次々と実験的な作品を生み出しているからで、戦後は特に岩絵具や墨のみならず油彩やガラス絵など様々な画材も試みています。既成の日本画を飛び出そうとしているかのようです。
私が好きだったのは、シュールな作品。画像は見つからなかったけれど「大王松」は精霊が宿るような感じで背筋がゾクゾクしました。
この「秋意」という作品も気に入りました。どことなく琳派ですね。
そして、九品仏の連作。
猫写に何度か行った事のあるお寺で、そこの雰囲気がとても好きなのですが、四季折々の空気感が何とも素晴らしくて、お堂の中の阿弥陀様が本当に見える錯覚を覚えました。
また、竹、松、紅梅、枝垂れ桜の大作は圧巻です。画面一杯に隙間がないほど幹が伸び、枝を張り巡らし、葉を茂らせ花を咲かす。強い生命力と執念と言うものを感じました。
最後に、デュエットさんも書いていたけれど猫の絵1点。
「倣古画」とあるから徽宗帝の猫かしらね。ちょこんとした足の先が描かれていました。
9月9日まで。
ログインしてコメントを確認・投稿する