mixiユーザー(id:2083345)

2026年11月02日14:54

214 view

10/29 竹久夢二 時代を創る表現者【前期】@東京国立近代美術館

東京根津にある竹久夢二美術館には数度、竹久夢二伊香保記念館には一度行ったことがある。どちらも30代の頃かな。

小学生の頃父の書棚からこの本を見つけ、もらった。発行年が私の生まれた年だ。

フォト フォト
イラストを描き写して遊んでいた。手塚治虫より夢二が好きだった少女時代。
フォト フォト
夢二はもうとっくに卒業かな、と思ったけれど、「最高傑作《黒船屋》が約40年ぶりに東京へ」という記事を読んで見たくなった。確か伊香保で見た記憶はあるけれど、それだってもう40年近く前だ。猫に目がない私なのだから仕方ない。

木曜日12時空いていた。会期が長いせいだろうか。写真撮影は一部(朝日町立ふるさと美術館蔵)を除いてほぼ可。前後期で入れ替えがある。

夢二といえば、ドラマにもなるような女性関係が浮かぶが、展覧会ではそのことにあまり言及せず、ただひたすらに膨大な仕事を紹介する。竹久夢二伊香保記念館、夢二郷土美術館、金沢湯涌夢二館、竹久夢二美術館、千代田区(龍星閣竹久夢二コレクション)といった全国の夢二コレクションが集結しているから、それはすごい。夢二が好きなら絶対行くべし!



アルバムあります

https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121492739&owner_id=2083345

https://www.momat.go.jp/exhibitions/570
https://yumeji2026-28.jp/
フォト

竹久夢二(1884–1934)は、画家、詩人、ジャーナリスト、デザイナー、イラストレーターなど、いくつもの顔をもつ表現者として、明治の終わりから昭和のはじめにかけて活躍しました。「夢二式」と呼ばれた女性像や、レトロモダンなデザインによって、大正ロマンを象徴する人物として知られています。
青春の感傷や郷愁、江戸情緒と異国趣味、都会の洗練への憧れが描き出された抒情あふれる作品は、雑誌や絵葉書、展覧会などを通して人々の共感を呼び、一世を風靡します。また、暮しを彩る日用雑貨のデザイン、子どものための本や雑誌作り、流行歌「宵待草」の作詩、関東大震災の記録など、時代をリードする仕事により、続く世代にも大きな影響を与えました。幅広いジャンルで活躍した夢二は、アートとメディアを横断した先駆的なクリエイターと言えるでしょう。
本展覧会は、夢二の最高傑作と名高い《黒船屋》をはじめ、日本画や油彩画、木版画、スケッチ、多種多様なデザイン、スクラップブックなど、全国の夢二コレクションから約500点の作品や資料を集めることで、その多岐にわたる仕事に迫ります。「美術」という枠を超えて、時代を捉え、流行を生み、人々に愛された表現者、夢二にご注目ください。



第1章 夢二式のはじまり
明治末から大正初期にかけて、夢二の仕事は雑誌や詩画集、絵葉書などを通じてたちまち人気となる。細身の体つきで、黒目やまつ毛の強調された大きな眼を持つ独特の女性像は、従来の浮世絵系美人とは異なり、近代的美意識を反映して「夢二式」と言われて若い人に支持された。

夢二式の女性たち
《草に憩う女》
のちに浴衣や帯、半衿をデザインするようになる才能の一端が見える
フォト

《ほたる》
フォト

コマ絵
新聞や雑誌の余白に掲載された、それだkっで独立した意味を持つ絵のこと。
フォト

絵葉書
明治30年代末期には絵葉書ブームがあった。
フォト

夢二の自署
夢二は生涯に55冊もの著書を出版したという。え?確か50歳で亡くなっていたはず、一年に何冊出していたのだろう。
フォト


第2章 夢二式デザイン
19世紀イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動にも影響されたという。

港屋 
大正3年10月日本橋区呉服町に港屋絵草紙店を開店。店主は妻であった岸たまき。
フォト

フォト

暮らしを彩る
千代紙:椿は鉄板の人気だと思う
フォト

フォト

柳屋
大阪の「柳屋」、日本橋の「榛原」、京都の「つくし屋」など夢二の商品を扱う店舗は増加し、幅広い地域に広まった。

手拭い
フォト

うちわ、羽子板、掛け紙
フォト

絵封筒
フォト

《宝船(柳屋版)》
夢二木版画の傑作と言われている作品。ゴンドラに描かれているハートが「命」、帆に描かれた「鎌」と「椀」をあわせて「お前とならば命もかまわん」という意味。
フォト

半衿図案原画
フォト

浴衣図案
フォト

フォト

展覧会
夢二の絵は独学で、美術団体にも属さず、文展にも出品せず、画壇から距離を置いていたが、大正元年を皮切りに各地で画会、展覧会を開催した。
フォト

セノオ楽譜
No.106の「宵待草」は表紙絵のみならず作詞も夢二が担当し流行した。根津の夢二美術館に行くと館内にこの曲がずっとかかっていたっけ。
フォト

その他、装幀の仕事、商業デザインまで行い、恩地孝四郎らと共にあらゆる図案・文案、舞台装置を請け負う「どんたく図案社」を設立する予定だったが、関東大震災により計画は頓挫したという。


第3章 レトロモダンの創出
子どもへのまなざし
《歯をみがく子ども》
フォト

農村と港へのノスタルジア
《秋のいこい》
フォト

《猪苗代の秋》《嵐峡の春》
フォト

物語の世界
《紙治之図「紙屋治兵衛」「遊女小春」》
フォト

《新聞小説「出帆」挿絵原画 竹久夢二著》
1920年代には、国内外の前衛絵画にも接近していた。こんな絵も描いていたのね。
フォト

そして、真っ暗にした展示室に一点のみ《黒船屋》
フォト

江戸時代には黒猫を飼うと結核が治るという俗信があり、結核で入院中の恋人・笠井彦乃を想って描いたと言われているそうだ。
「江戸情緒を感じさせる作品でありつつ、帯のグリーンや襦袢のピンクと紫には、夢二のモダンな色彩感覚が光る。」
猫を縦に抱いているのは、猫が伸び上がってしがみついているから。うちの猫も自ら抱っこして欲しい時はこの姿勢なのよ。全体のバランスから見ると大きすぎる女性の手は、猫をやさしく保定していてしなやかで美しい。
フォト

実はこの絵は、山村耕花の《とらやのせいろ》とキース・ヴァン・ドンケンの《黒猫を抱く女性》を参考にしていることが、夢二のスクラップブックからわかっている。《とらやのせいろ》の、井籠(和菓子を配達するための漆塗りの箱)に座った女性の構図にそっくり、《黒猫を抱く女性》の黒猫を抱くポーズと酷似しているのだ。
フォト

フォト
ドンケンのこの絵は私も好き。猫への愛情が伝わるね。

夢二は黒猫を抱く女性のイメージを繰り返し描いており、思い入れのあるイメージだったようだ。
フォト

フォト


第4章 生活の美の理想郷を求めて
関東大震災の記録
《東京災難画信》
フォト

少年山荘と人形作り
大正13年世田谷区松原に自宅兼アトリエ「少年山荘」を完成(なんと!我が家のすぐ近くではないか!)し、人形づくりに取り組む。
フォト

榛名山美術研究所の夢
昭和5年には、粗悪品大量生産の風潮に反対すべく、手仕事で身近なものを作り流通させる生活と芸術が調和したコミュニティの形成を目指す。ただ、これもまた「どんたく社」同様実現をみずに終わってしまう。
《憩い》
フォト

《榛名山賦》
フォト

《立田姫》
フォト

アメリカとヨーロッパの旅
昭和6年念願の外遊を果たすが、世界恐慌のアメリカ、ナチス台頭のドイツの滞在は期待した成果は得られず。不運だったのね…
《西海岸の裸婦》
フォト


第5章 着物と洋服のモダンガール
《婦人グラフ》
大正13年創刊、パリのファッション誌「アール・グー・ボーテ」を模している。
フォト

フォト

川柳雑誌《大大阪》
フォト

モダンな装いと暮らし
フォト

文芸雑誌《若草》
フォト

最後に展示があった猫の絵を一挙公開!
さて、夢路は猫が好きだったのでしょうか?それとも?
フォト

フォト

フォト

フォト

フォト

フォト


1月11日まで(前期は11月23日まで)



アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121492739&owner_id=2083345

16 9

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年11月
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930