mixiユーザー(id:2083345)

2026年08月21日14:52

226 view

8/16 「暁斎百鬼画談」と妖怪@江東区中川船番所史料館

たまたま見つけたこの展覧会。河鍋暁斎の「暁斎百鬼画談」が全場面公開と謳っている(実際は、展示ケースの大きさの都合上前後期2回に分けてはいたが)とあって、この機に、以前から気になっていた「中川船番所」というところも見てみたく、出かけた。

都営新宿線東大島駅下車とあるので我が家からは交通の便がいい。この駅はとても変わっていて地下鉄だが地上にある、しかも川を跨いで駅舎、つまりホームがあるのだ。初めて降り立つ駅だった。
フォト

川べりに広い公園があり飲食店も少なそうだが、あらかじめ調べておいた中華料理店に入る。中国人がやっている小さなお店だが、11時半で席が半分以上埋まっていた。それもそものはず、美味しい!コスパ良し!これなら通いたくなるお店だ、再訪する機会はなさそうだが、メモしておこう。
https://www.instagram.com/kappaken_s16/
フォト フォト
駅前には「青龍」のモニュメント。江東区の東西南北に守護する四神があるらしい。江東区ってほぼ縁がなかったけれど、ちょっ興味が湧いてきた。あと3つ、モニュメントを探すプチ旅も楽しそう。
フォト フォト
駅から徒歩5分、ここが「江東区中川船番所資料館」
フォト フォト
ここの3階の展望室から旧中川を眺めるとこんな感じ。
手前の橋の奥に見えるのが、川を跨いだ駅。
フォト

真下は遊歩道になっていた。
フォト

下流の方、小名木川(運河)との合流地点に船番所があったとのこと。展示を見終わったあと散策するつもりだったが、なんと豪雨が。雨が弱くなった隙を狙って帰宅したので叶わず。
フォト


資料館に船番所の再現ジオラマがある。言うなれば水上の関所、ここは利根川や江戸川水系を経由して関東一円・東北方面から江戸へ運び込まれる物資(塩、醤油、酒など)の重要な経由地だったわけだね。
フォト

小さな特集展示で面白かったのが「アオギス竿と江戸前の脚立釣り」
https://www.kcf.or.jp/nakagawa/kikaku/detail/?id=155
フォト

釣人で画家の小早川遊竿が書いた「遊竿画集」の絵がほのぼのと面白い。アオギスは警戒心が強いので、浅瀬に2mの高さの脚立を立てその上から釣り糸を垂らすらしい。ただ、今はもう東京湾からアオギスは絶滅。こういう風物詩も過去のものとなった。いわずとしれた水質汚染が原因。
フォト

フォト

フォト


さて、目的の企画展「暁斎百鬼画談」と妖怪
https://www.kcf.or.jp/nakagawa/kikaku/detail/?id=154
フォト

中川船番所資料館新収蔵資料『暁斎百鬼画談』全画面を公開。人々が自然の不思議や出来事をどんな想像力で感じとり、「妖怪」という存在を生み出してきたのか、江戸時代から現代まで、時代を追いながら紹介します。

第1章 妖怪とは何か

妖怪画の始まりは、絵と文字が同じ版で刷れる整版印刷が広まった江戸時代に遡る。「酒呑童子」などのように、主人公を際立たせる描かれる怪物であった。

18世紀後半になると、絵入り娯楽本「草双紙」が人気となり、登場する妖怪がキャラクター化してくる。さらに、草双紙が大人向け「黄表紙」に発展すると、妖怪は滑稽さや風刺を表す存在となる。恋川春町「其返報怪談」、鳥山石燕「画図百鬼夜行」など

19世紀、浮世絵の表現力が飛躍的に向上、歌舞伎とのタイアップによって、妖怪や幽霊が迫力あるビジュアルで描かれるようになる。読本や合巻のイメージが舞台化され、さらに浮世絵として再生産、妖怪ブームが起こった。歌川国貞、国芳が大人気。

明治時代にはいると、西洋文化の流入で妖怪や怪異は「迷信」として否定されるようになるが、「錦絵新聞」には幽霊や怪異事件が報道され、妖怪は「心のうちに起こる不思議」「理解できない自分」として人々の間で生きる。

パネル解説だったが、時系列で妖怪がどのように生まれ、描かれていったかがわかり得心。

ここで紹介されていたのが、河鍋暁斎《新富座妖怪引幕》
見たことはないが記憶が…。河鍋暁斎が今ほど知られていない頃、山下裕二先生が講演会で紹介していたものだ。「暁斎はまだあまり知られていないが、必ずブレイクする。この引幕は横17mもあるから、いつか東博で暁斎展をやる時に展示してほしい。こんなでかいの、東博以外じゃ展示できないからね」そうおっしゃっていた。未だその実現は見ないが、この迫力ある引幕、ぜひ実物を見てみたいものだ。
フォト


第2章 江戸の妖怪たち

柳亭種彦作 葛飾北斎画《近世怪談霜夜星》
醜い女の怨念が蛇となって執念深く男に付き纏い、祟りをなす因果応報を描いた怪談で、のちの「四谷怪談」の種本の一つとなる。
フォト

怪談狂言「東海道四谷怪談」は文政8年(1825)に初演。作者は鶴屋南北。
乱れた髪、青白い顔、歪んだ片目などのお岩さんの姿は歌舞伎で作られ、浮世絵師によって多く描かれて、後世の「典型的な幽霊像」を形作る要素となった。

歌舞伎の舞台では幽霊の登場に様々な仕掛けがなされ、浮世絵にもそれが「仕掛け絵」(貼り付けた紙をめくると別の画面に替わる)となって人気。
フォト

フォト

鶴屋南北「天竺徳兵衛万里船」や曲亭馬琴「南総里見八犬伝」など、歌舞伎と浮世絵の連動が江戸の妖怪文化を大きく育てた。
フォト

フォト

ここでは「江戸の七不思議」(本所七不思議、深川七不思議)も紹介。

濹東地域は、江戸時代、明暦の大火以降埋め立てられた新しい町だったので、江戸市中とは異なり、夜は裏寂しい雰囲気を持っていた。だから「置いてけ掘」などの妖怪話が生まれたんだね。闇に妖怪あり。
フォト

フォト

フォト

フォト


第3章 河鍋暁斎と「暁斎百鬼画談」

百鬼夜行絵巻は室町時代後期伝土佐光信筆のもの、いわゆる「真珠庵本」が、現存する中で最古と言われている。これは、2023年「やまと絵」展で見ることができた。
ちなみに、私がこれまでに見た百鬼夜行絵巻、図巻などを挙げてみると…

東博所蔵では、真珠庵本模本(江戸時代19世紀)が2種と文化3年(1806)模本、狩野養信模(文政12年・1829)の4種。
大倉集古館蔵では、江戸時代模本。
チェスター・ビーティー・コレクション本@東博
住吉広定筆《百鬼夜行図巻》@府中市美
原在中《百鬼夜行絵巻》@サントリー美
横山華山《百鬼夜行図》(掛け軸)@東京ステーションギャラリー
河鍋暁斎《百鬼夜行図屏風》ゴールドマンコレクション@サントリー美

10作品もあったわ。ほとんどが大徳寺真珠庵本を元としているそうで、どんだけ人気があるのでしょう。妖怪は、日本人にとってちょっと怖いけれど、ユーモラスで親しみやすい存在だったのだなぁ、と改めて思う。

「暁斎百鬼画談」は明治22年(1889)に出版された折本で、暁斎最晩年の作。もちろん、付喪神の行列を中心とした真珠庵本の流れをもとに、鳥山石燕が体系化した妖怪像、歌川国芳が作り上げた戯画的表現を踏まえているが、暁斎独自の工夫がなされ、素晴らしいものとなっている。

暁斎のオリジナルは、人々の「百物語」から始まっている。黒羽織の語り手は暁斎自身か?怖いけれど楽しいっっ!
フォト

フォト

百個目の怪談が終わり、蝋燭を消すと…
フォト

骸骨軍団と妖怪軍団の戦いが始まる!
フォト

妖怪の行列ではなく、戦いに加勢する妖怪の群れが描かれているのね
フォト

フォト

フォト

フォト

実物の展示は前後期に分かれてて半分までだが、あと半分はパネルになっている
フォト

フォト

フォト

フォト

フォト

フォト

合わせて展示があったのは「暁斎画談」
暁斎の口述をもとに、門人の瓜生真和が編纂した画集・伝記。
絵の教則本として、西洋画の技法から骨格に基づいた人物描写、骨格や筋肉の図解を行なっている。上手いなぁ
フォト

絵の参考とするため、さまざまな名手の手本を挙げている。
フォト

右は、鳥山石燕、左は葛飾北斎
フォト


第4章 現代の妖怪表現

最後の章では深川図書館所蔵の妖怪紙芝居や
フォト

田河水泡・のらくろ館(森下文化センター)所蔵の妖怪漫画を紹介。
フォト

フォト

地元の資料館らしい素朴だけれど面白い展示だった。



そういえば、2022年に六本木ヒルズで「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展」を見たっけ。百鬼の夜行は室町から江戸、明治を経て現代までずっと続いているのよね。



月岡芳年・河鍋暁斎を尊敬する妖怪イラストレーターの東雲騎人さんの作品も
フォト

フォト

フォト


ぽつぽつお客さんは入っていますが空いています。全て写真撮影可。
8月30日まで

アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121466728&owner_id=2083345

20 11

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年08月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031