初心者のための油彩画入門 19世紀のパリで起きた、様々な革命
市民革命が絵画にも大きま影響を及ぼすことになるのだが、それまでの西洋絵画は、主に、支配階級、上級国民の生活を描写することが多かった。王族の肖像画、貴族のポートレートなどだ。この手の絵画が、サロンでも溢れていた。この流れに対して、別のアプローチをしたのが、ロマン派の画家だった。ドラマチックな歴史画が、得意だったが、それを見た、新古典派のアングルは、嫌悪する。汚い服を着た庶民が描かれていたからだ。貴族の反応は、そんなものだった。それまでは、押さえつけられていた庶民の生活を描く作品が評価され始めたのも市民革命の影響だろう。サロンを貴族御用達と見るか、アカデミックな展覧会と見るかでは、大きな違いがあるが、アカデミック絵画には、貴族趣味が蔓延していたのも事実だ。まあ、貧乏人が公立の美術学校に行くのも難しい時代でもあったが、貧乏人であったルノアールが美術学校に合格しており、やはり革命による、価値観の変化は、アカデミックな世界でも起きていた。モネは、庶民階級の女性と結婚することになったが、モネの実家は、大反対で、結婚式にも家族は、誰も出席しなかった。モネも、階級的な差別主義と、戦っていた画家でもあった。公的な平等は、進められていたが、やはり習慣的な差別主義は、残っていたということだろう。習慣的差別主義は、その後も、なかなかなくならなかった。一旦植え付けられた価値観は、そう簡単には変わらないということだろう。印象派が、迫害されていたかのように思っている人も多いが、これも、歪められた価値観の1つだ。当時の印象派は、新人画家の集まりであり、もちろん、厳しい批評がされた。これは、差別というよりは、今でもそうで、とんがった新人への風当たりは、強くなる。それだけ注目されたということで、無視されるよりは、余程良かった。話題になったということだ。その後、印象派の絵画は、人気となって、サロン系の若手画家も、印象派を研究して、自分の作品に取り入れるようになっていく。貴族の優雅な生活を描く作品から、風景画、そして、庶民を描くポートレートへと、徐々に絵のテーマも変わっていく。ドガやマネが、描いていた庶民の生活の断片、踊り子の楽屋の姿などが、そうだ。それまでにはなかったモチーフやテーマで、絵画が描かれるようになっていった。19世紀の絵画で、最も重要な点は、ここではないかと思う。モチーフ、そして、テーマの変化だ。新古典派のアングルは、どうしても汚い服は、描きたくなかったようで、神話的な象徴の世界を描くようになる。この辺りは、神話画、宗教画、歴史画と言われる、三大絵画のテーマから外れることはなかった。ブグローも神話をテーマとはしていたが、庶民を描くようになっていく。ブグローは、それまでの古典的な画家とは、一線を画す存在だったことは確かだと思う。やはり、時代の流れを敏感に感じ取っていた画家だと言えるだろう。西洋絵画を学ぶ場合、やはり、19世紀のパリで起こっていた様々な革命を学ぶ必要があると思う。現実的には、当時のアカデミック絵画や古典絵画が否定された訳ではなく、その後も続いていた。結果的に、新旧が絡み合うような様相になっていた、ということだろう。バランスを取ろうとしたとは思えないし、共存を目指したとも思えないが、結果的に、共存しているように見える。クラシックもあり、ジャズもあり、ポップもあるという、様々なジャンルが共存している状態が、健全なのではないだろうか。人物画を描く時に、コスチュームをどうするのか、という課題がどうしても出てくるので、ドレスにするのか、普段着にするのか、19世紀の絵画を見ると、参考になるのではないだろうか。
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