日本画家・上村松園は掛け軸の表装にもこだわり、ご自身で裂を選んだと聞いたことがあるが、絵が完成したその時に作者あるいは注文主が表具師と相談して表装の裂を決めるのが一般的なのではないのかな。作者も注文主もいない昔のものであれば、傷んで修理をした時にその時の所蔵者や表具師がどのような表装にするか決めるのだろうが。
1幅の掛け軸の表装に使われる裂や料紙は大抵1種類ではなく、中廻し、一文字、上下、風帯(下図参照)、それぞれの色柄を選び、さらには軸先の素材や色柄も選ばなければならない。この組み合わせの妙で作品(本紙)が引き立つかどうかが決まる。上村松園がこだわるのもわかるし、表具を選んだ人のセンスも問われるというものだ。
日本絵画の展覧会に行った時に、表装の裂の色柄が作品(本紙)ととてもマッチしていてうっとりすることがあるが、図録やポストカードには表装抜きの画像が用いられている。表装にまで言及した解説を見たことがない。表装は作品の一部ではないのだから当たり前なのか。
ずっとこのようなことが気になっていたので、この展覧会には飛びついた。
果たして、実に面白い展覧会であった。作品数は36点で多くないが、1点1点に作品解説とは別に表装の解説がついている。当館初出展の作品も2点あり貴重である。
たかが表装とはいわないが、されど表装、である。奥が深い。
土曜日だったせいか、案外と混んでいたのにはびっくり。少し待てば正面から作品を独占できる程度だが。
写真撮影は不可。図録はなく、表装解説の薄いパンフレット(800円)の販売があった。
https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/hyoso/
「表装」とは、絵画や書の保存・鑑賞のために、裂地や紙を用いて掛軸や巻物などに仕立てることを指します。展覧会で解説されることや図録に掲載されることもあまりありませんが、表装は、絵を引き立たせる重要な役割を果たしています。そこで本展では、表装文化の研究者・濱村繭衣子氏を監修に迎え、太田記念美術館の600点を超える肉筆浮世絵コレクションから、優れた表装をともなう約40点を厳選しご紹介いたします。脇役として見過ごされがちな表装に目を向け、肉筆浮世絵の魅力を味わい尽くす展覧会です。
歌川広重《上野中ノ嶽霧晴・上野妙義山雨中・上野榛名山雪中》絹本
出羽国天童藩織田家が歌川広重に注文した作品を特に「天童広重」という。上州上野の山々の雨・雪・霧の様子を幽玄に描き、浮世絵とは一味違う趣。
金糸銀糸緞子を用いた格調高い表装
宮川一笑《吉原正月の景》紙本
一笑は宮川長春の弟子。
中廻しは小袖の裂。肉筆美人画には、小袖や更紗がよく用いられる。かのこ絞りに刺繍の華やかな小袖だ。赤い軸先も可愛らしい。正月の絵にふさわしい賑やかな表装。
勝川春章《桜下詠歌の図》絹本
見目麗しい若衆が桜で歌を詠もうとしているのを天幕の向こうで女たちがぎうぎうになって覗き見。眉を落としている人もいるから娘だけでなく人妻も。下男の尻にはよく見ると毛深い(笑)
中廻しは少し変わった形で、松皮菱に菊立涌文の縫箔。能装束らしい。かっこいいね。
鳥文斎栄之《胡蝶の夢》絹本 *画像は部分
花魁が持つ団扇には「夢」の文字、2匹の蝶々が飛んでいて、荘子「胡蝶の夢」を示唆する。賛は、四方山人(大田南畝)で、「月夜よしよゞしといへる吉原の五町に似たり胡蝶に似たり」
散らし小花の刺繍が美しく、花魁の夢の中のような中廻し。
喜多川歌麿《美人読玉章》絹本
玉章は「たまずさ」と読み、手紙の事。
可憐な小花模様の更紗。更紗は茶の湯でも大人気の裂。風体と同じ青色の一文字が画面をグッと引き締める。
よく見ると花に金の縁取りがあり、輝いてうつくしい更紗。
作者不詳《三味線を持つ美人》紙本
初展示。中廻しだけでなく、一文字や風帯も更紗の「総更紗」。中廻しの更紗が大柄でエキゾチック、美人の装いの華やかさに呼応。
歌川豊広《楼上の芸妓図》紙本
広重の師。こちらも総更紗の表装だが、画中二芸妓の渋い衣装に合わせて、地味目な更紗。
奥村政信《志道軒講釈図》紙本 *画像は部分
双幅の掛け軸で、右幅に身振り大きく講釈する講談師・志道軒とそれを聞く町人二人、左幅に同じく客の武士二人と虚無僧、検校が描かれている掛け軸で 、縦長の構図が面白い。それを活かすために更紗で「丸表装」(掛軸の上下(一文字)以外を全て同じ裂地で包むシンプルな表装形式)にしている。
山崎龍女《鏡見る美人》
一丈二尺の帯を後ろで片わな(片結び)に結び、そのまま帯をより長く垂らしたものを、元禄時代の女形水木辰之介にちなんで「水木結び」という。版画の雲母摺のように黒帯に楓の模様が浮かび上がる。
表装はかのこ絞りも裂をつぎはぎしている。
喜多川月麿《美人花見の図》絹本
四条派風の描き方。縞模様も江戸の町民に「粋だ」と大いに流行った。上下(天地)の裂は無地の紫。補色の黄色地の縞の一色を使っているので合わせ方もよくて、たしかに粋だ。
酒井抱一《文持つ花魁図》絹本
本紙は、建具の直線と花魁の姿の曲線の対比。表装は直線の縞の中廻しと曲線金沙模様の一文字の対比、風帯は貼り風体でスッキリ。
鈴木春信《二代目瀬川菊之丞図》絹本
平賀源内が愛した女形。美しい作品を際立たせるシンプル表装の極み。風帯もなく、掛緒を一筋で書いてある。超縦長の画面にピッタリ。
葛飾北斎《風俗三美人図》紙本
風呂屋へ行く女房、歌舞伎見物の御殿女中、吉原の花魁。
さらりと描いた三幅対の作品は、揃いの萌葱色の上下、紫の中廻し、金茶の一文字で、余分なものなく、粋。
月岡芳年《歌川国芳肖像》紙本
猫好きの師匠、国芳13回忌の追善絵。派手な閻魔の着物を着て豆絞りの手拭いを肩にかける。白猫を見つめる目が優しい。猫もまたそれに応えるように。いい絵だなぁ。
中廻しは、大柄の派手な着物を好んだ国芳のイメージの着物裂。画像にはないが、軸先は陶製で、国芳の手拭、帯と同じ藍色。江戸っ子国芳のイメージ通りの表装だ。
勝川春章《花魁図》絹本
花魁の着物柄は紺地に金の孔雀の羽根模様。
まるで誂えたかのようにそっくりな孔雀柄の裂の中廻しに驚く。春章もきっとびっくりだろう。
古山師重《隅田川両国橋之景》絹本
作品よりも中廻しの絵に心を奪われた。本紙の内容に合わせて、川の流れに遊ぶ水鳥の裂だが、河を表した染めの美しさと水鳥の刺繍の繊細さにうっとり。柔らかい感じの絵に雰囲気も合っている。絵が外へ広がっていく。
川又常正《松下流れに水汲む美人》絹本
「丹塗矢伝説」に準じた作品。川の流れに合わせて、中廻しは片輪車。本紙と溶け込んで、女性の赤い着物がいっそう映える。
歌川国貞《七代目市川團十郎の暫》絹本
団十郎茶の中廻しと上下。風帯と一文字は團十郎の定紋三升。特注した所蔵主はきっと團十郎推し。
鳥居清長《暫図》紙本
こちらは二代目團十郎、中廻しは團十郎茶だが和紙の漉き模様が入る。これも絵に合っている。
歌川豊国《五大力》絹本
これも歌舞伎の演目。
中廻しには、演じる沢村家にちなむ模様「観世水」と呼ばれる流水文様を表した裂を用いている。わかる人にはわかる。
歌川豊春《松風村雨図》絹本
能の「松風」から。凝った段織の中廻しがさざなみのようで美しい。
葛飾北斎《源氏物語図》絹本
朧月夜を影から垣間見る光源氏を描いた「花宴」の巻
日本美術コレクターのビゲローの旧所蔵品で、下のビゲロー旧藏作品と同じ裂で表装。ってことは、ビゲローが注文したか?
山口素絢・浅川l芦国・勝川春暁《三都遊女図》絹本
上から、今日島原太夫、大阪新町太夫、江戸吉原花魁。
関連出品として
渓斎英泉《雪中傘提げの娘》
大判縦二枚続きの浮世絵版画。肉筆画は高価で買えないので、こうした版画を表装して飾っていたらしい。画像はないが、全部が紙でできた表装もまたそれなりに立派。
絵を飾るって、素敵なことだな。
3月29日まで
インバウンドに混じって、原宿で恒例のソフトクリーム。人気のMATCHA!

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