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2026年02月25日13:42

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2/21 たたかう仏像【後期】@静嘉堂@丸の内

北海道から来た友人と丸の内でランチをした後、静嘉堂文庫美術館へ行く。以前も一緒に行った。2024年1月「ハッピー龍イヤー!〜絵画・工芸の龍を楽しむ〜」展だった。

ここの美術館は、たまに会う友人と来るのにちょうど良い。ランチする場所、お茶する場所も周りにたくさんあるし、展示の分量も少なめでちょうど良いのだ。木曜日なら、おしゃべり無礼講デーでもある。

今回、私は前期も行っている。↓
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991476099&owner_id=2083345&from=list_diary_title

この日は後期だった。後期展示を中心にご紹介しよう。

《五大力菩薩像》南北朝時代 14世紀
護国の法会「仁王会」に用いられる。菩薩なのに明王のような忿怒形であるのは初めて見たかも。
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久隅守景《釈迦十六善神像》江戸時代 17世紀
あの国宝《納涼図屏風》を描いた久隅守景である。
十六善神は、「大般若経」とその誦持者を守護する。右下中央に、玄奘法師は600巻の大般若経を担いで売る姿が描かれている。
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《十王図・二使者図》元時代 14世紀
12幅のうち8幅を4幅ずつ前後期で入れ替え。
今回は単眼鏡を忘れず持って行ったのでじっくり見る。
獄卒に苛まれる罪人が数多く描かれているのが特徴で、彩色や描写も特異で類例がないそうだ。
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《広目天眷属立像》康円 鎌倉時代文永4年
これは初めて見たが、素場らしい造形と截金にうっとりしたと共に、なぜか記憶に引っ掛かる…と過去日記を検索してみたら、4躯のうち2躯(南方天〜増長天〜眷属・東方〜持国天〜天眷属)が東博所蔵で、2018年三月記念美術館「仏像の形」展と2022年東博常設展で、2回見ている。
その時、残り2躯は静嘉堂文庫とMOA美術館にあると聞いたが、これだったのね。広目天とあるので西方天眷属となり、MOA美術館蔵のが北方の多聞天ということになる。
しかも、明治の廃仏毀釈により廃寺となった奈良・内山永久寺の真言堂に安置されていたという。
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こちらが東博蔵 南方・増長天眷属立像
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東方・持国天眷属立像
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四天王像の眷属を造形するのは珍しいらしい。仏師は運慶の孫の康円

前期も楽しんだ《十二霊獣図巻》は巻替え3図
五尾の豹に似、角が1本ある「さう」
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邪気の悪しきことを払う「てうはつ」
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9頭9尾の狐に似て、虎の爪を持つ「ろうしつ」
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前期で3図、2023年「あの世探検 地獄の十王勢ぞろい」展↓で8図見たので、12霊獣はコンプリート(笑)
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《十二神将立像(浄瑠璃寺旧蔵)》鎌倉時代 安貞2年(1228)頃
後期も5躯。前期に出ていなかったのが、子神像と
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丑神像
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そして、もう一つ「宿題」だった午神像。
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浄瑠璃寺旧蔵十二神将立像は「定智本」と「醍醐寺本十二神将図」という2種の白描図像を元にしていると言われる。が「午神像」のみ典拠が不明。
一つの可能性として指摘されているのが、《不動明王二童子像》の左下に描かれるような制�娉狷源卅�の図像が用いられているのではないか、ということ。
詫磨栄賀《不動明王二童子像》南北朝時代 14世紀
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この杖をつく童子の図像は、幅広く転用されていて
《熊野曼荼羅》南北朝時代
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下方右寄りに描かれている「切り目童子」もそのひとつ。
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切り目童子は、修行者を殺したため熊野権現に足を一本取られ、以後逆に巡礼者を守護するようになったという。
午神将像の、悪餓鬼っぽいところがあるお茶目な姿には、悪から善へ転向した者の力強さをも感じる。
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3月22日まで


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