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2026年01月14日20:39

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上京、瞑想、そして戎っさんの欺瞞

 1月12日月曜日
 今年初の上京、詩人の孫娘宅へ。
 JR西荻窪駅に降りたのはたぶん初めて。改札口で親戚縁者3人と午後1時に待ち合わせだが、街を歩きたかったのと簡素なランチのため、正午ちょうどに着く。
 裏通りはこれぞ昭和、という路地があって、古びた飲食店やスナックがつつましく肩を寄せ合っていた。こういう駅の裏通りは、酒を呑まない私のような者でも好ましくて、iPhoneで写真など撮る習慣がないのについつい写真を撮ってしまった。そこで気がついたのだが、ここ杉並区ではどうやら成人式があったらしく、晴れ着姿の子がふたり。路地の彼方にいた。
 15分ほど街をほっつき歩いたのち、日高屋で博多風ラーメンを食べて改札口に向かい、その5分後、待ち合わせの皆様方とタクシーに乗って善福寺にある家へ。
 私はただ詩人のエピソードを拾うために来ているのだが、これがきっかけで一族郎党がそこに集合、という展開だ。こうなると一人、まったくDNA関係がない私はどう振る舞えばいいのか、少々困惑気味ではある。善人そうな編集者のふりをするのがいいのか、沢木耕太郎のような知的ライターを装うのがいいのか。結局は、地が出て自然体で3時間あまり広いリビングルームで時々、詩人について不明な点を問い糾してみた。
 私は喋ると馬鹿に映る。これに劣等感はないが、かっこ悪いなと思う。ただ、利点もあって、世間一般。よどみなくすらすらと喋る人より馬鹿っぽい人のほうが好感を持たれがちだ。少なくとも反発を受けにくい。
 午後4時半、疲れた身体で西荻駅に戻り、電車のなかでリラックスするために水上勉の「良寛を歩く」を読んだ。残り50ページで、読み終わるのがもったいないほどに面白い。この面白さは水上勉の奥深い思考と、おどろくべき行動力によるものだ。良寛が暮らした町や家を繰り返し来ては歩く、という地道な取材を続ける水上さんは、良寛と同様に学ぶべきお姿だった。
 
 1月13日、3連休明けの火曜日。
 疲れから何もする気が起こらない。こういう時は、頭を使わずちまちまとアホでも出来る雑事を休みなくやるに限る。
 家の中全部にクリーナーを掛ける。強風で山から舞い落ちた落ち葉や枯れ枝をひとつひとつ手ですくって袋に集め、一定の量が溜まったら山へ戻しに行く。山に入ったら、落ち葉が溜まって3年4年の吹きだまりの下にある腐葉土をバケツに入れて自宅に持ち帰る。で、庭に土をまく。
 そうこうしていると、Amazonからボール型LED電球が届いたので、天井照明に取り付け、ついでに埋め込み部分を水雑巾で拭く。
 寒中見舞いを書く。字がどんどんと下手になっていく老化現象に自己嫌悪を抱きつつ、とにかく毎日字を書き続けることでこの退化をなんとか食い止めたいと前向きな気持ちになる。
 ちょっと本を読む。
 が、1時間と集中力がもたず、午後4時から懸案になっていたマーマレードづくりを始めた。
 夏みかんを6個、皮を剝き、皮の裏にある白いところを包丁で削ぎ、そして皮を切り揃える。次にみかんの実をひとつひとつ取り出す。たったこれだけの作業が午後6時までかかった。読書は1時間で厭きてしまったが、この単純作業は夕ごはんまで途切れることなく続けられた。やはり私はバカである。
 夕食後、ようやくマーマレードづくりを始め、瓶詰めを終えたら午後9時だった。
 砂糖の量をぎりぎりまで切り詰め、甘さより香りと苦み優先の天然マーマレードが完成。スコーンにつけて食べてみたら、自己採点は70点。

 1月14日。そろそろ全集の解説を書かないと。という強迫観念があるものの、頑張っても書けないときは書けない。で、昨日に引き続き一夜で強風のために吹き溜まった落ち葉を片付け、ついでにと言ってはなんだが、お堂と境内の枯れ枝や落ち葉も集め、山に捨てに行くということを繰り返す。
 こういう単純作業は無になれる。セルフ・メディテーションが先進国では流行っているようだが、私は30年も前からずっとやっている。
 そうだ、一昨日だったか、西宮戎の福男選びをニュースで2回も見さされた。
 こういうインチキきわまるヤンキー的な神事が腹立たしい。西宮戎は小学校時代、自分の庭みたいな存在で、元日と戎さまの10日は家族総出でお参りに行っていた。当時も「福男」は選ばれた。が、開門前に何百人もが集まってせーので境内を駆け抜けるようなことはまったくなかった。岸和田とか福岡とか、ヤンキーが暴れ馬のごとく神輿を担いで街中を暴れまくるのが定番になっているが、ウソをおっしゃい。江戸や明治期、そんな勇壮というか下品なふるまいがあろうはずもない。町中をゆっくりと山鉾が巡行し、前日の宵山は提灯に明かりがともってそこを静かに眺める祇園祭みたいなのが王道だったのである。現代ではなんでもかんでも大袈裟になり、奇を衒う派手さを競うようになった。どこかの成人式と同様、日本人(いや世界的にも)のこうしたヤンキー体質には絶対染まりたくない。
 わずか60年でも歴史はこうして捏造されていく。
 
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