9月1日月曜日、快晴。
午前11時、寺の大祭に参加。本堂で経を唱和し、参列者全員で御祈祷を受ける。
檀信徒ではない無宗教者であっても、ご加護がありますようにという願いはあるし、何より1時間余りの(退屈な)時間を(否応なく)過ごすことでADHD的性格が改善するような気がする。
午後から校正を始めたが、室温33度はいささかきつい。そう簡単に性格の短所が治ることなどないであろう(笑)。
9月2日火曜日、快晴。
朝、自動車学校に「高齢者講習」の予約をするため、電話を10回くらい掛けた。専用ダイヤルになかなか繋がらない。
免許の更新でとうとう法令で義務づけられたこの講習を受けなければいけなくなった。
屈辱である。が、免許のためには逃れられない。
続いてブックオフ・オンラインで予約した本『マンゴーの花咲く戦場』が最寄りのブックオフに届いたということで、受け取りに行く。かれこれ4〜5年、待ち続けた石田甚太郎氏の本。日本軍がフィリピンの奥地で繰り広げた残虐行為を、緻密な取材の下で描いた長編小説。それでなくても哀しいし、腹立たしい上、この暑さで、読むのがしんどそうだ。
午後になった。やっぱり暑い。校正のみならず何もする気が起こらない。
午後2時になって、こんな暑いところでくすぶっていたって仕方ない、山中湖へ行こうという気になった。慌てて着替えやら補充用の珈琲豆や先日買っておいた即席ラーメン、そして校正に必要なデータの入った外付けHDDや、読みたい本を5冊ほどまとめた。で、こんな時間だが、シャワーを浴び髪を洗った。
午後3時前、クルマに荷物を詰め込んで山中湖に向いて出発。近所のガソリンスタンドでバカ高いガソリンを入れ、途中、大井松田インター近くのスーパーで弁当や肉まんやピザを買い、山中湖に着いたら午後6時を少し回っていた。クルマはエアコンがよく利いているので、家で蟄居しているのと疲れ具合に差がないように感じる。
マンションの全室にクリーナーをかけ、紅茶を淹れて一服したあと、ヒレカツ弁当を電子レンジで温めて食べた。
夜、小一時間ほど校正にいそしんだあと、『マンゴーの花咲く戦場』を敢えて取り出し、読み始めた。80ページで睡眠薬を服む時間となった。
9月3日水曜日、快晴(今晩は雨らしい)
朝、NHK甲府のニュースを見たら、今朝の山中湖の最低気温は19.3度だった。
道理で快適なはずだ。
ピザと野菜ジュースの粗末な朝食後、靴下とバスタオルと昨日着ていたポロシャツを手洗いし、ベランダに干した。
校正にとりかかる。
午前11時過ぎ、ずっと気に掛かっていた年上の旅行作家へ電話をする、かれこれ半年前、まるで気の触れたような奥様が突然、我が家を急襲するかのように訪れ、「彼と離婚した」「彼は風さんが思っているような人間ではない」などと一方的に語られ、いまは生活保護を受けて狭いアパートで暮らしていると告げられた。
にわかに信じがたい話ではあったが、その後、これまた一方的に「風さんは今でも彼を高く評価している人間で、ホント人を見る目がない。あなたとはこのメールにて縁を切ります」という内容の失礼なメールが届いた。しかし、彼の生活は激変しているだろう、もはやケータイ電話がないかもしれないし、昔からのメルアドも変更したに違いない、などと思った。
彼はプライド高い男である。というか、人間誰しもプライドはそこそこ高い。
だから私から電話するのは悪いかも、と思い、更にこの一件の前から彼は認知症的もの忘れがだんだんと顕著になっていたので、ずっと遠慮していたのだった。彼を傷つけたくない。
が、山中湖でなんとなく手持ち無沙汰な心境なことと、私もこれから本物の老人になって人生のカウント・ダウン期に入って行くという諦観から、軽い気持ちで電話を掛けてみようと思い立ったのだった。たぶん、ケータイ番号はないか、替わっているだろうとも。
しかし、意に反して彼のスマホに繋がった。
話してみたが、すっかり自信を失っているご様子で、まだ気持ちの整理が付いていなさそうだった。
「私は頭がおかしい……と思う」などと言うので、「大丈夫です、まったく大丈夫です」と応え、「むしろ元奥様は、我が家に来たとき、狂気を孕んでいる目だった。おかしいのは元奥様のほうです!」と付け加えた。
正午を過ぎて、簡単なランチ。
鎌倉のスーパーで買っておいた、カップ麺より高い即席ラーメン。
「辛麵 宮崎地頭鶏のスープ」(株式会社 響 宮崎市)。
まずは持参したニンニクを油で炒め、そこに水550ccと麵を入れて3分。粉末スープを入れて完成。
うーん、美味しくないや(笑)。
即席麺をつくったのは20年ぶりだ。
これと野菜ジュースがお昼ごはん。死にはしないだろう。
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