9月17日火曜日。
相変わらずシステム手帳のスケジュール欄に何もなし。今週は、13日金曜日の検査(CTスキャンと血液検査)結果を聞きに病院へ、というだけ。ウツ病ではないが、何もしたくない・社会と関わりたくないという点に於いてウツに近いはずで、しかも一応やらなければいけないことが適度にはあるというスケジュール真っ白な一週間にほっとしている。
夕方のニュースをぼんやりと見てると、壇蜜さんが心身不調による入退院を繰り返していて、「現状維持、低空飛行をしながら少しずつ出来ることを増やして生きていけたらなと今は考えています」とつぶやいている、と。同情と共感を同時に感じた。
今日は地銀からの連絡を受けたので銀行へ。
(大した額ではないのだが応接室に通され)定期預金の利率が引き上げられたのでいったん解約して新たに定期預金に、ということだった。言われたとおりに書類を書いて渡す。
その際、保険付きの定期預金みたいなものを勧められ、興味ありませんと応えつつそのパンフをチラ見すると、認知症や重度の障害者になったら、預けた金額に3割くらい上積みされた額が出る、と印刷されている「縁起でもない」と行員に笑いながら抗議し、「私は常に運がいい人間なので。この保険付き預金をしたら1年後に認知症判定されて得するわ」と続けた。
帰り際、食器用洗剤を1本もらった(笑)。預金額が多ければ、お土産にシャンパン1本?
帰宅後、校正。
いい加減飽きているが、投げ出すわけにはいかない。
細やかな編集作業をしていると、自分の教養がいかに貧弱かと責められ、見落としが多いことから注意力に欠けていることを見せつけられ、根気は70分程度で途切れるし、判断力には甘さがあって……と、欠点を如実に実感する。自分は世の中でいちばんアホなのではないか、とさえ思う今日このごろ。こういう時の特効薬は、自分より馬鹿な人間をネットやSNSやニュースで見つけ出して、下には下があるもんだ、という相対評価に持ち込むことだ。が、こういう心象はもっとも品性下劣だと思うので、やらない。自分は誰でもない、自分ただひとりの人生を負うただひとりの存在である、とか言ってたキルケゴールの考えが正しい。ネットとSNSの時代、このような哲学はまったく隅っこに追いやられちゃった、多様性の時代だとか言われているくせに。
今日のニュースでも文化省の調査結果を報道していたが、1カ月に本を1冊も読まない人は6割を超える、とのこと。10代に限ると7割を超えるらしい。大学に入った夏、学科の主任教官から「休み期間中に岩波新書を100冊読むといい」などと言われたものだが、もはや時代は大きく変わった。それに合わせて老人もバージョン・アップをしなければ、なんて思わねえよ(笑)。昨夜は、小池真理子さんの短篇一本を読んだだけなのだが、自分が大事にしている感性と言葉を心の中で守り続けるのに本ほど有効な「孵卵器」はないと思った。
いや、別に本じゃなくてもいいんだよ。
出生率云々が国家の問題になっているが、それには若者総体の経済を豊かにすることとは別に、エモーショナル指数(EQ)を高める日常のルーティンがないと、恋愛なんて衰退するに決まってるじゃん。恋愛はきわめてコスパ、タイパが悪い行為なのだから。
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