8月22日木曜日。
本日の晩ごはんは粗食バージョン。主菜が塩鯖の干物、副菜がふろふき大根の肉味噌添えとししとう炒め。こんな夕食を食べながら、ふと思い当たることがあった。
亡くなった友人と電話で会話した際、彼が病院食を口にすることができないと言い、即座に反応した。「食べたい物を奥さんに言って、美味しくいただけば?」
今思うと、なんと残酷な即答をしたのだろう。「ぼくは入院中、ごはんを減らしてその分をエクレア食べて補っていた」などと軽口を叩いたのだが、彼は既にそのとき(推測であるが)まったく固形物を受け付けなくなっていたのだ。
冷凍戻しの塩鯖を美味しいと感じながら口に運び、こんな安い魚をごちそうに思える自分は幾分健康である、と思った先に、友との会話が甦ったのだった。
私は自称「繊細さん」なのだが、自身に於いては繊細なのに他人に対しては鈍感である。愚かな奴だ。
今朝、メールやmixiをチェックしたあと、Googleで大崎善生と打ち込んでみた。昨日、ブックオフで何冊か買いたくなった文庫があったのだが、その一冊が大崎善生の『聖の青春』で、死ぬまで将棋好きだった会社の元同僚が、大崎の実力と人柄を高く評価していた。更に『聖9の青春』が(狭いジャンルだが)大ヒット作であることも知っていた。
結局は買わなかったのだが、一晩が明けてもどうも気になる。
大崎善生は先々週の8月3日、下咽頭がんのために亡くなっていた。
知らなかった。
今日は今日で、朝刊に松岡正剛氏の死亡記事が載っていた。名作について調べようとしたら、必ずと言っていいほど松岡氏の「千夜千冊」にたどり着く。『千夜千冊』は20年近く前にまるで昔の百科事典のような8冊セットで本が出たが、その後もずっと続いていた。
死亡記事を読んだすぐあとに、ブックオフオンラインで『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻 読書術免許皆伝』という解説本をポチった。
大崎さんの文庫は明日か明後日、もう一回ブックオフまでクルマを飛ばして買おうと思う。
勝手にシンパシーを覚えている心の友が、毎年、5人10人と亡くなる。
悲しんでいたって何も生まれないので、せめて一日一日が大切だ、なんて思いながら暮らそう。
ということで、今日は午前午後ともじっくりと校正を続けられた。
今一度、先月亡くなった友に「ごめんよ」と謝って、許しを得たい。
私、バカなんだもん、気をつけてはいるのだけどどうしようもない。
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