6月10日月曜日。
午前10時半、郵便局に行く。ユニセフに1000円ぽっきりの寄付。
先月、というか隔月でユニセフからDMが届く。で、昨年あたりから「あなたの力で守れる幼い命があります。どうか、ユニセフからのメッセージをお読みください」と書かれた大きな付箋が活動レポートにわざわざ貼り付けられるようになった。私はなぜか付箋好きで、その付箋を目に届くところに貼っている。
ぎりぎりの吝嗇家なので、ユニセフは3千円を暗に要求しているのだが、千円で許してもらっている。しかし、たとえこんな額でも寄付したら、DMが送られてくるのだった。
その足で市役所に向かう。印鑑証明を一通。
車の売買や名義変更では印鑑証明が複数、要る。いい加減、こんな旧態制度を廃止して欲しい。
市役所を出て違う道を通って帰ろうとしたら、南(海側)の空はきれいな青、しかし頭上は淡いグレーの分厚い雲に覆われている。大雨で大気中の塵が流されたのだろうか、空も建物もくっきりと見える。鮮やかな細密画のような風景だ。
この程度の光景で幸福感を覚えるのも癪だが、ウツな心が反転しそうになった。
トロツキの遺言をつい思い出してしまう。
<塀の下には、輝くばかりの青々とした芝生が細長く伸びているのが見える。塀の上には澄みわたった青空が広がり、太陽の光があたり一面にふりそそいでいる。人生は美しい。未来の世代をして、人生からすべての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ>
人生は美しい、というフレーズと、それに続けて「未来の世代」を持って来るところがなんとも革命的だと思う。
昨日今日と、保護司殺害事件の詳細をテレビニュースが報じている。
強盗事件で保護観察付きの容疑者は面倒な人間関係の会社に疲れ、だんだんと負の感情に支配されていく。
この狂気溢れる世の中に対するルサンチマンが、10分の1くらいわかる気がする。
私は大して苦労することなく幼少からこんにちまで生きてきた。人生の節目節目では、上手く世当たりができた。性格は歪んでいるほうだろうだけど、それを増長させるような社会的疎外体験がなく、むしろ出来が悪いことに反比例するような施しを多々受けてきたため、性格が円くなってしまった。
転落の人生が続いた上に犯罪をおかした人間というのはつらい。
保護観察処分の犯罪者や刑期を終えた受刑者こそ、あらゆる施しが必要だと思う。一律に10万円20万円の社会復帰祝い金を支給するとか、手厚い就職支援がないと、いくら頑張っても再犯の可能性が高くなるのは当たり前だ。9割9厘の人間は弱いものである。自身がそう強くない人間なので、落伍者の気持ちが少しはわかるのだ。
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